ヨハネによる福音書1章1節「初めに言葉があって言葉は神と共にあって言葉は神であった」とあるんですがここがわからなくて、言葉が神ならなぜ悪い言葉もあるんだろうかと考えています。言葉で罪や死が生じるじゃない

補足

神には罪がないと思うので言葉に罪の力があると言葉が神であるとは思えないという考えです。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさんありがとうございます!最近聖書に向き合う時間が少ない感じなので取り組み方を再考してみます!

お礼日時:10/28 16:50

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続きを読めばすぐ分かるはずですが、その「ことば」とは「イエス・キリスト」を指しているので、一般的な「ことば」のことではありません。 聖書を読む時は、前後の文脈や聖書全体の意味を考える必要があります。 部分的に引っ張り出すと、本来の意味とは全く違う意味になってしまうことがあるので、注意しなければなりません。

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o(-"-;)oうーん… 自分の考えをのべます。 ここで言う言葉とは天地創造の御業みわざを指します。 「光あれ」と神が言って天地が創造された。 つまり神即言葉なのです。 であなたの言う「悪い言葉」とは人間の言語です。 ここで言われている言葉とは「神の命令」・「神の意思」の事です。

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ヨハネの黙示録1章1節「イエス・キリストの黙示。この黙示は、神が、すぐにも起こるべきことをその僕たちに示すためにキリストに与え、そして、キリストが、御使いをつかわして、僕ヨハネに伝えられたものである。」 言葉とは、神が、すぐにも起こるべきことを伝えている言葉です。 キリストという香油を注がれた者が、幻としての声を聞き、その声が近未来のことを伝えていたということです。 だから、「言葉は神と共にあって言葉は神であった」ということになるのです。

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時系列に置くと、ヨハネの冒頭は、「創世記1章0.5節」に当たります。 「言葉」が何を指しているか?は、讀み進めると、「その方が地上に来ようとしていた…」と、御子(イエス)を指してる事が読み取れます。 ヨハネの冒頭からも「言葉」に力がある事が解ります。日本でも「言霊」なんて言い方がされてます。言葉で、人を生かす事も、殺す事も出来ます。 「悪い言葉」ですよね…行きつく処は、「罪」の故だと考えます。 雑草も役に立つものでした。人にとってですが「害虫」は居なかったと考えられてます…人にとって役に立たない草、人にとっての害虫等は全て「罪」から…とされてます。

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創世記に「光あれ」と言う言葉が発せられて真の光であるイエスが生まれました。 その言葉(光、独り子の神)がアブラハムの神の全能の神YHWHで、万物はこの神によって形造られました。 万物には勿論悪も含まれていますが、悪は人が完成に向けて乗り越える為に造られています。