"桶狭間の戦い"のように 少数で大軍に勝利するには 敵大将を討取るが基本と思いますが、過去の戦で数の不利を敵大将を討つ事には成功したが、敵の戦意は落ちず、大軍に敗退した戦はありますか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様、ご回答頂きありがとうございます。 少数ではありませんでしたが 質問の回答に一番近いのでBAを 貴方に差し上げます。

お礼日時:2021/11/29 19:51

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現大宰府(福岡県)の「岩屋上の戦い」(城主・高橋紹運・大友氏の家臣)の寡兵763名、島津氏の2万余の大軍に籠城戦とゲリラ戦で挑み玉砕。敵島津勢に苦戦を強いらせ、陥落後に敵将に、敵ながら、その勇敢さに、惜しい人物を亡くしたと言わしめた高橋(その実子は勇猛な立花宗茂)、この人物の存在を知った太閤殿下秀吉、西国に、真田幸村(信繁)のような英雄の武士がいたとはと絶賛したという。「四川の戦い」(しせんは、サンズイに四の川が本当)、秀吉の慶長の役(撤退戦)、敵明国&朝鮮の連合軍10万VS島津義弘軍2千、島津お得意の釣り野伏せ戦法(迎撃)で、敵を撃破、戦死者は7千から2万人に上った、島津側の戦死者2名という奇跡、この衝撃で鬼島津の異名で恐れられて、朝鮮では暫くは、「泣く子を黙らせるのに、グイシーマンズ(鬼島津が来る)」というと泣き止んだという逸話もある。

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無いですね。 昔の戦争は、大将が戦死した時点で、軍が崩壊します。 戦争に参加する武士たちは、恩賞が欲しいから戦っています。 しかし、総大将が死んでしまっては、恩賞の査定をする人が、 消えてしまったのだから、いくらいい働きをしても、 何にもなりません。 それどころか、戦死すれば犬死です。 だから、対象が敵に討取られた、と聞いた時点で、 全員戦意を喪失し、総崩れになります。 戦死では無いですが、武田信玄が三河で病死した際、 自分の死を覚られるなと遺言したのは、 敵を警戒したのももちろんですが、味方の士気が急落し、 敵地で軍が崩壊するのを危惧したからです。

ヨーロッパの戦争では、連合軍を組んで闘う事が多いから、 プロテスタントとカトリック双方の連合軍が戦った、 リュッツェンの戦いなどでは、プロテスタント側の大将、 スウェーデン王グスタフが戦死しても、 戦いに勝ったりしていますが、これは他に同盟軍がいたからでした。