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2021/11/29 17:29

88回答

小説の文章です。 下記のような指摘、添削を受け、 私はこれはちょっと無理強い過ぎるでのはないかと思いました。 どう見たか?ご意見を下さい。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

日本語 | 小説556閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

言いたいことはわかります。 しかし、質問の回答になってませんよね。これは人格批判ですよね。 どうして一番ナイスが付くのか???

お礼日時:2021/12/5 11:00

その他の回答(7件)

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いや、この添削はというか、添削はともかくとして「指摘自体は」至極真っ当ですよ。 ①に関しては、「憂うつな空模様」だと「騒然とする」もの、という前提が飛躍しすぎていて感覚的に分かりにくく、「むしろ逆じゃないの?」と思う人が多いということです。 例えば「憂うつな空模様のせいか、闘技場に集まった観衆はフラストレーションのはけ口を求めるかのように騒然としていた」とかなら、「憂うつな空模様のせいで観客イラついてんね、だから騒然としてるんだね」と分かりますけど、原文だと「空模様が憂うつだと、人って騒然となりやすくなるもんなの?」と疑問に思う人が多く出ます。「憂うつな空模様」だから「観衆が騒然としている」というロジックが理解できないわけです。なので途中に何か説明を入れてください。憂うつな空模様だと人ってこうなるよね、だからみんな騒いでんだよ、と分かるように。 添削とか他の回答では、逆だろ、「かえって」とか「に反して」とするのが自然だと言っている人もいますが、私としてはその意見もややおかしいと思います。 その場合、「憂うつな空模様」だと普通は「人は静かになるもの」という前提があるわけですけど、「憂うつな空模様だとなんで人が静かになるんすかー?wwww」って私だったら言い返しますね。「憂うつな空模様だったら『ああああーっ!!』って無性に叫んだりしたくなって、騒然とするだろ」とか、「うっぷんが溜まって、そのぶん騒ぎたくなるだろ!」みたいなことをあなたは言いたいんじゃないですか?(全然違ったらすみません) だけど添削者とかはたぶん「憂うつな空模様だと気分が落ち込んでみんな静かになるもんだろ……」みたいな前提を持ってるから、「いやなんで騒然とするねん、おかしいやろ」と思うわけです。 「憂うつな空模様」だから「騒然とする!」 「憂うつな空模様」だから「静かになる……」 どちらが一般的な感覚として正しいかは、めちゃどうでもいいです。 どちらも説明が足りてないので、一定数「いやいや、そっちはおかしいだろ」と思う人が出ます。 なので、 「憂うつな空模様」だと「人はこうなる」。だから、「騒然とする!」 というように、間になんか途中式と言うのか説明というのかフォローというのか、論理の飛躍を防ぐためのつなぎを入れたほうがええよってことです。 あなたが持っている「前提」とか「ロジック」や「理由」を、読者は知りません。なので書いてくんなきゃ分かんないんす。 ②に関してはまあ単純に後半の文章の主語がおかしいので、これは完全におかしいです。赤土の闘技場くんが剣と盾を持って戦いを待ってることになっちゃいますね。 添削をした人の説明の仕方がムカつくんだと思うんすけど(まあ私が今書いてるこの説明の仕方もムカつくと思うんすけど)、②に関しては原文がおかしいという事自体はちょっとフォローのしようがないのでまあ好きに直したらいいと思います。 最後に、添削を受けるっていうのは「おまえここおかしいよー、何言ってんのか全然分かんねぇ文章だわ(被害妄想訳:おまえ頭おかしいの?wwwwここ日本語おかしいんすけどwwww)、こうしたらいんじゃね?」って何か所も指摘される、めちゃ心削られる作業なので、あなたがリスペクトしてる人とか、ある程度信用してる人とか、もっともな意見を言う奴だとか、そういうふうに思っている相手に添削してもらわないと、そもそも反発心とかが先行してあんま役に立たないすよ。 あなたが「俺はそうは思わねぇけど、まあこいつの言うことだからもうちょっと考えてみよう」と思える相手に添削してもらってください。もしくは優しい文章で控えめに「ここちょっと、もしかしたらおかしい……かも……? わ、私が間違ってたらごめんねっ……!」って指摘してくれる(できれば)美少女に添削してもらってください。 他の方も言ってますが、自分が「いや、ここは直さなくていいんだ!」と思えば直す必要はないです。ただ、添削者の言い方とかに無意識に反発心を抱いて直さないみたいな感じになると添削してもらう意味無いす。むしろ創作のモチベーションに悪影響で添削してもらわないほうがいいまであると思います。誤字脱字の指摘だけならいいと思うけど。 説明分かりにくかったらすみません。 あと、誤字脱字とかがあったので何回か投稿し直しちゃいました(まだあるかもしれませんが)。 とりあえず私からは以上です。

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質問者2021/12/4 12:56

熟読しました。 あなたが一番正しいと思います。 あなたには公正公平な視点がある気がします。 もしよかったら、私が投稿した全文を目利きしてもらえないでしょうか。ほんの二千文字です。 読んで講評を付けてください。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11244525471

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小説を書くということは、自分の小説世界を他人に説明することです。他人があなたの世界に入りずらかったら、わざわざ入りません。 あなたは、読者をどれだけ意識していますか。他人である私は、添削前の文では、自己満足的な文で、何度も読み返し、何が言いたいのかわからず、立ち去りました。きつい言い方になりますが、読者を意識しましたか?

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質問者2021/12/2 22:02

きつい言い方というより、無理から貶してやろうと必死なんじゃないでしょうか。 添削前の文がわからないとか…そういうのやめてください。私は真面目にやってます。 あなたからはアンチめいた悪意しか感じとれません。本当に迷惑です。

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圧倒的に添削の方がいいです。 憂鬱な空模様 と 闘技場はいつになく騒然 が、逆のことを言っているのに気がついてますか? 普通は 憂鬱な空模様 → 憂鬱な闘技場 ですよ。 憂うつな空模様のせいか闘技場はいつになく静まりかえっていた。 あるいは、 憂うつな空模様に反して闘技場はいつになく騒然としていた ……が正しい文章でしょ。

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質問者2021/12/2 22:21

どう考えても「憂鬱な空模様」です。これは慣用句的に小説でもよく使われます。 「憂鬱な地名(闘技場)」こんな表現方法はあり得ません。 ポイントは前後の文章を挟んで、 「せいか」か「にもかかわらずor反して」ですね。 つまり「順接」か「逆接」です。 騒然としているのは天気が悪いからでぜんぜんおかしくありません。 ではこう考えてもいいです。 スポーツの試合が雨で何日も中止になったらストレスが溜まります。楽しみがなくなってしまうわけですから。 そこでようやく待ちに待った決闘が始まるっていう時なら観客のボルテージは上がるでしょう。 「順接」で繋げてぜんぜん問題ないと思います。

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質問者さんの立場は「原文は文学的修辞なのだから添削者のいうような平易な文章にすることに抵抗があるというものですかね。添削者は「万人に間違いなく伝わる平易な文章にすべき」という基本通りの考えの様ですから、結局平行線なんじゃないですかね。 ここに文学的修辞が必要なのかどうかは全体を読んでないんで判断はできかねます。そこで他の方と違う方面からのアドバイスになるんですが 1 作品が公的に発売されるものでは無い場合、特に添削者がプロの編集者や作家で無い場合 あなたがそうしたいなら原文のままで良いです。何の影響もありません。 2 作品が新人賞に応募するもので、添削者がプロの場合 プロの意見に従った方が良いと考えます。プロは自身編集者等から商業出版に当たり多くの添削を受けており、そのノウハウを元にあなたを指導しているのだから、聞くに値するアドバイスと考えます。 3 作品が商業出版を前提としたもので、添削者が編集者の場合 このレベルの話なら、絶対に編集者の言うとおりにする事です。編集者は発注者、小説家はそれにすがる出入りの業者に過ぎません。編集者のいうことに反発していると当然仕事がなくなります。 ということで作品の位置とあなたと添削者の立場で考えるべきだと思いますよ。 ただ、もしあなたがプロを目指しているんなら、「自分の文章は絶対でありアドバイスは受けたくない」という考えは捨てた方が良いと思います。小説家など超売れっ子以外は売文業者に過ぎません。芸術家だと思うのは良いですが、それならプロは目指さないことです。

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質問者2021/12/2 22:40

そもそも「文学的修辞」とはどういうことをいうのでしょうか?ちょっとよくわかりませんでした。 これはもっと単純な話でいいと思いますけど。 「天気は人間の心理にどう作用するか?」です。 私は、悪い天気が何日も続くと人間はうっぷんが溜まる。という説を取っています。そして添削の人は、その逆なんです。 これは文章うんぬんよりも、天気を一般論としてどう判断するかだと思います。

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原文の方が良い。私はそう思う。 添削は、自然とか読みやすいとかを意識するあまり、つまらないありきたりな文章になっている。 ①「かえって」では、闘技場の騒然さはカラッとした声援のように取れます。 「せいか」では、空模様同様の陰鬱とした騒然さを感じとれます。 ただ単に騒々しいのではなく、殺気だったような雑然さが、原文で書きたいことのはずです。そうだから空模様の描写から始めたのであり、なおかつ「せいか」と原因が空模様であるかのように書くことで得体の知れない騒然さが浮かび上がります。 ②「赤土の~待っている」が文の構造としておかしいのは確かです。本来であれば「赤土の闘技場は濡れ、男は待っている」とすべきで、後段の主語が省かれているからです。「Aは○○、Bは○○」という文でBだけを省略するのはおかしい。 しかし、これは好みといっていいが、省いて正解だと思う。 仮に直すとしたら、 その男は臆せず真っ直ぐ立っている。赤土の闘技場は連日の雨で濡れている。その中央で剣と盾を持たされ戦いを待っている。 くらいだと思います。 添削では男そのものを描写しているが、原文では男を含めた情景として描写している。ここに良さがあるのだから、「男は待っている」という構文で男を主役に立てるような描写を避けて正解だというのが私の感想。

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質問者2021/11/29 19:41

①素晴らしい読解力ですね。敬服します。ちなみにこの続きも不吉な内容です。 ②私はそこまで考えてませんでした(笑) とにかく私は、「……その中央で」こういうキザったらしい(?)倒置法を使った書き方が大嫌いです。 それに倒置法は強調する技法です。そこでなぜ「中央」をアピールする必要があるのか。まったく意図がわかりません。