豊臣秀吉の刀狩りでは農民に財産である武器を差し出させるにあたり代わりの補償はしていたのですか?

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お礼日時:2021/12/3 6:36

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刀狩は、応じない者には死刑も辞さない強権的なやり方ですから、補償という考えはなく、一方的な没収です。 もっとも、刀狩令の第2条では、没収した刀は、方広寺大仏殿の釘、かすがいなどに使うのだから、差し出した者たちは、この世ばかりか来世でも救われるとあり、「だから、補償がなくても問題はない」と宣伝しているようにも見えます。秀吉も、補償がないことは気にしてたのかもしれません。 もっとも、実際の運用では、差し出させるのは一家から一本というように限定的であることが多く、また、差し出された刀についても、没収するのではなく、「そのまま預け置く」というかたちで返されるケースも相当あったようで、農民たちには、さほど大きな損害はなかった考えられます。 こういうかたちになったのは、最新の研究では、刀狩の目的は、農民から武器を取り上げて反抗できないようにすることではなく、武器は使わないと誓約させることで、武士と農民の区別を明らかにすることに意義があったからだと見られています。 ですから、刀狩で没収されたのは、当時の農民が持っていた刀全体からすれば、ごく一部でしかなかったと見るのが妥当です。

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その大前提が「惣無事令」なんでしょうね。 大名間の私戦は禁じた。だからもう武装する必要はない。という交換条件です。マタギの銃なんかは許したみたいです。 個人の武装の権利という奴もどこかで剥奪しておかないと、日本も今頃銃社会であったでしょう。 ジョーカーに扮した奴に地下鉄で乱射されたらたまりません。

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略奪ですよ。代わりに命の保障は努力する。 それが権力ってものです。