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2022/1/4 10:00

1717回答

小説の書き方について質問です。

小説860閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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回答(17件)

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貴方が、その物語を第3者の視線から見ている気持ちになって、「彼はこうした」「そのときの風景はこうだった」「彼女の表情はこうだったが心境は実は違っていたのだ」と、ナレーションする気持ちで綴っていけば、自然と書けます。 説明文にならないようにするためには、たまに文体にクセをつけてみたり、ちょっと変わった手法を取り入れるとよいです。 例えばですが、くまのプーさんのナレーターは、いきなりアニメの中に「私はこの物語のナレーターですが?」と割り込んでくることがあります。 それくらい、読んでいる人が「えっ」と思ってくれるような意外な手法を取り入れてみる。 3年間のことを長々綴るのは、無駄に長くなるだけなので、どこかは端折ります。 どこかの地点までは夏の話だったけど、行間の間隔をあけて、「時は冬。」とか何とか、数か月、すっ飛ばす必要性もたまにはあります。 その間にも何か起きていたなら「時は冬。○○は、枯れ木が寒そうにたたずむ街並みを、自身の凍えた手をポケットの中でこすり、どうにか温めようとしていた。2か月前のあの日は、こんなに冷たくなかったはずなのに、と、曇り空を仰ぎ見る。秋のあの日の紅葉とは打って変わった冬木立と、空と雲がそこにある。あの日、自分は何をしていたのかといえば、彼女とこんな話をしていたのだー」とか何とか、過去の話としてまとめてしまう手もあります。 簡単な「なろう系の小説」あたりで、三人称で書いている作品を2ページくらい読めば、なるほど、これでいいのか、とつかめると思います。 大体「なろう系」の小説を読むと、セリフから入るシーンも多いですね。 例えば、勝手な創作話ですが・・・ ↓ 「お前にいい話があるぞ!」 まだ食卓の支度を終えていない朝、○○が階段を駆け下り、▽△の元に駆け寄ってきた。○○はこの家の長男である。息が上がっている○○に対して、誰一人として「何事なのか?」とは思わない。妹の▽▽にとっても、家族のだれにとっても、この兄の朝のニュースにはろくなことがない事をよくわかっていたからだ。 「どうせまたくだらないニュースなんでしょ。忙しいんだからやめてよね、いい年して」 「バーカ!今日のはすごいんだって!お前にいい縁談が舞い込んでくるぞ!さっき□▽からメールが来たんだ!やったなこれで玉の輿!」 こんな話も珍しくない。父も母も、妹自身も「縁談」という言葉には辟易していた。 **** こんな感じで、あなたが第三者としてその様子を書いていけばよいです。 楽しく楽しく。書いている人が楽しんでいると、文章も楽しく見えます。 重い話にしたかったら、悩んで悩んで、書く。すると、重苦しい話が不思議と出来上がってきます。

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お気持ちすごく分かります。 私もとても苦悩しましたし今でもしています…… 個人的に気を付けている事は、場面描写等を増やしてなるべくその場面をゆっくりに進むようにしています。 また、どこかで見たものなのですが「〜〜した」「〜〜する」の片方を使いすぎないようにしたり、「A(人名)」「彼(彼女)」の2つを使ったりして同じ文章が続かないように気を付けたりしています。 三人称めちゃくちゃ難しいですよね…… 少しでも質問者様のお役に立てたら嬉しいです。

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質問者2022/1/11 6:10

回答ありがとうございます。 場面描写でゆっくり、ですか! 参考にさせていただきます。 した、する、を使いすぎるないのはよく聞く気がします!気をつけます!

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三人称視点で書こうと思って書けるものではないですよ。 書いていたら、結果的に三人称視点になっていたということ。 ダイジェストみたいになるということは、論文のAbstract(概要)のようになってしまうのでしょう。それはね、「これこれ、こういうものを書こう」と狙って書けば、論文になってしまいますよ。 論文で済んでしまう。それが小説にまで昇華するには、やはり書いて書いて書きまくった結果ですよ。 狙って書くと、読者は「あ、これを書いた人は狙って書いたな」とわかりますよ。そうなると読んでもらえない。ただの論文ですからね。 だから「狙って小説を三人称視点で書く」なんて出来ない。だから、書きまくるだけですよ。好きじゃなければ、とても出来ないことですよ。

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質問者2022/1/10 20:41

回答ありがとうございます。 書いていたら結果的に三人称になる、とはどういうことなのでしょうか。 書くことの継続が必要ということはわかりました。

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>三人称視点の書き方を教えて下さい! 三人称視点の小説を読んでみてください。 としか言えませんねぇ。 あかほりさとる「爆裂ハンター」等は三人称視点風「作者一人称」になっています。 爆裂ハンターに至っては作者がその場を実況する描き方になってて 作中に「作者も応援するぞー」なんて文章もあります。 なので三人称は作者の視点(作者の一人称)になるのでそこに重点を置き登場人物の思考を隋の髄まで詮索しないようにして書きましょう。 >書くことが行事ごとくらいしかなくて。 それはあなたが学園ものにこだわるからで 学校終わった後のこと(日常)を書こうとしないからです 涼宮ハルヒの憂鬱も全員高校生なのに学園ほとんど関係なかったりしますよ。

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質問者2022/1/10 17:11

回答ありがとうございます。 思考を詮索しない、ですね! 涼宮ハルヒの憂鬱大好きです! 確かに学園に関係することあんまりないですね…… 学校外の日常を書こうとすることを忘れてました...ありがとうございます。

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普通に主人公の描写を外から描く分を差し込んでみてはどうですか? 即興なので推敲も何もない駄文ですが、差を感じることができるかもです。 1人称 鉛のように重い足取りの帰り道だった。 ふと空を見上げると、夕焼けの空にカラスが二羽飛んでるのが見えた。 仲良く並んで飛んでいくカラスを見ているうちに、 私はもう裕一が自分の隣にいないことがたまらなく悲しくなってきた。 薄暮の夕焼けのせいで景色がにじんでいるのか 零れ落ちる涙のせいで夕焼けがにじんでいるのかの区別もつかなくなって ただただ、次々にこみ上げてくる彼の名前を口に出してみた。 でも、泣き虫の私にいつもくしゃくしゃのハンカチを差し出してくれた 裕一が隣にはもういないというただ一つの現実だけが、 そのぼんやりとした景色の中でただ一つはっきりしていたことだった。 3人称 その日の夕方の果歩には、通いなれたはずの道のりが いつもよりも永劫(なが)く感じられた。 歩いていも歩いても、家につく気がしない。 果歩は不意に誰かに呼ばれた気がして、驚いて顔をあげたが、 それは夕日の中でお互いを呼びあいながら、 家路を急ぐ番(つがい)のカラスだった。 「裕一......」 果歩はもうそこにはいない、かつての恋人の名を呼んでみた。 しかし、空しい声は薄暮の朱に滲んで消えていった。 とめどなくあふれてくる涙は、果歩の頬を濡らす。 しかし、泣き虫の自分の顔をくしゃくしゃのハンカチで ごしごしと不器用に拭いてくれる裕一は、もう、隣にはいない。 果歩にとって、その悲しみという名の枷だけが そのぼんやりとした景色の中でただ一つはっきりしていたことだった。