回答受付が終了しました

落合博満が監督をやっていると観客が少なくなるということで、落合博満は監督を辞めさせられました。星野仙一や山田久志が監督をやっていたときはどうでしたか?

2人が共感しています

回答(15件)

0

全て予想ですが、観客が減ることよりも落合監督だったらチームが強すぎて選手の給与が高くなりすぎるとか、経営の問題での解任だと思います。昔と比べて選手の給与が高すぎるので勝ち続けると会社経営ができなくなるため解任したと思います。 なので落合を監督からGMにして会社の為に経費削減を依頼したのだとおもいます。

星野監督も山田監督の時は中日新聞が売れてたし選手の年俸もそんなに高くなかったので。   会社経営の為に監督からGMだと思います。

1

解任の理由はたくさんありますが 私は、2008年の【リーマンショック】に端を発した「世界経済の冷え込み」が、最も大きな要因だと思っています。 つまり、親会社『中日新聞社』の資金が潤沢ではなくなった・・・。 元々“落合”野球は、勝つための準備にかなりの経費をかけていた・・・と言われてて あのジャイアンツが「真似をしたけど、経費の割に成果が見えにくい」という理由で、すぐにやめてしまった戦略もあったようです。 ドラゴンズが勝ち続け、2007年には日本一になりましたから、容認されていましたが 2008年の【リーマンショック】に端を発した「世界経済の冷え込み」で、日本の企業が一斉にピンチに陥り、経費が使えない状況になりました。2009年・2010年には、TVやラジオでCMが続けられなくなり やたら【ACのCM】が流れてたのを思い出せると実感がわきます。 観客数には、「個人席」と「企業席」があって、1年間を通じてたくさんのチケットを買ってくれてた企業のほとんどが撤退したせいで、球場の客席がガラガラになってしまいました。 それと同時期に、ネットに市場が移り始め 紙媒体である、新聞や雑誌などへの広告が激減してしまい 親会社『中日新聞社』が、野球にかけられる資金がなくなった・・・。 では、一旦“落合”監督を解任して、経費がかからない戦略に・・・ 離れた地元企業に愛されるように、ドラゴンズOBをスタッフに・・・ って感じにしましたが、一旦離れた企業のチケットの売り上げは、回復したとは思えないですね。 “星野”監督の政治力なら、地元企業を離さなかっただろう・・・ って言われてたんで、そこは違ってたと思いますが “山田”監督であれば、“落合”監督と同じ結果になったと推測しています。 では、また。(^0^)/~~ バイバイ

1人がナイス!しています

2

多分だけど、落合監督のやり方じゃないと、 中日は勝てる集団にはなれない。 しかし、他の方が書かれている通りになるが、 落合氏は、球団からの要望が、 ファンを獲得しろ。 では無く、 勝てる球団にしてくれ。 だったのだろうと思う。 なので、客のことは二の次で、会社からの要請通り、 勝てる球団を作り上げた。ってことになる。 しかし当然だが、プロ野球は戦術では無く、 戦略で進めないと優勝は難しい。 戦略を進めるためにはファンやマスコミへの対応など 取っていられない。ただただ最終的に優勝するための略を 取り続けた。 そして常勝軍団を作り上げたが、ファンはそっぽを向いた。 唯一の接点であるマスコミすらないがしろにしてしまったから。 それでも本人は、会社からのオーダー優先なので 気にもしてなかったのだろう的なコメントがたくさん載っている。 そして、今、この体たらくとなり、 やっぱり勝ってくれる球団の方が未だ良かったと思う 中途半端なファン(回答者を完全に含む)が 落合野球を懐かしむ。って感じになっている。 会社からどんなオーダーが監督に来ていたのか? それをファンが考えさせられる初めての監督であったと 今でも思っている。

2人がナイス!しています

3

細かい事はどうでもイイです 落合野球は、単純に『つまらん』からです その典型が、山井投手の残りひとりで交代、大記録消える!です 観客はドッチラケです。 達成して選手と盛り上がりたいのが観客。中日スポーツ新聞一面! それを能書きタレて・・・ 名選手・名監督なんだけど・・・ 野球というイベントの意味が判っていないのが、唯一欠点です 星野・山田監督はマトモですよ。

3人がナイス!しています

1

星野監督の時代は観客は多くナゴヤドームは盛り上がっていました。 山田監督時代は落合監督の時と大きく変わりません。 落合監督が首になった理由は、球団オーナーの人間性の問題なのです。 気に入らないと監督をクビにして、選手は放出するのが伝統です。 今年から立浪監督となりましたが、当時の球団オーナーの時代は、立浪氏はコーチも含め球団に戻れないと言われていました。

1人がナイス!しています