「客観的に見る」 という言葉がありますよね。 私がある人に、「お前は客観的に見ても間違っている」と言ったのですが、

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正しいか間違っているかという視点では考えないほうが良いと思います。 人数に関しては、関係ないとみることも、関係あるとみることもできそうです。 「客観的」の意味には、「普遍性をもっていること」(広辞苑第六版)、「普遍的な妥当性を求められるさま」(ウィクショナリー)と書かれているものもあります。 私自身が「客観的」を使う時には、断定表現は避けると思います。 あとは、「それは間違いだと思うよ」とか、「私からみれば間違っている感じがする」みたいな言い方をすると思います。 例えば、「全く車両の交通がなければ、横断歩道が赤信号でも渡って良いよね?」と聞かれた時に、「それは客観的にみて間違っているよ」と言えるかどうか。肯定派・否定派どちらもいそうですよね。そういう場合、安易に「客観的」は使わないほうが良いかもしれません。

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私がある人に、「お前は客観的に見ても間違っている」と言った。 客観的 とは お客様として見た場合、つまり、当事者でない、ということかと思います。あなたが、「間違っている」ことがらの当事者でない、そしてそのことについて利害を受けない(関係ない)なら、あなたの意見は「客観的である」と言える、ということかと。 あなたが、A君とB君のけんかにコメントするのは客観的。 あなたが仲良くしているA君と、知らないB君とのけんかにコメントするのは客観的とは言えない。 (あなたが仲良くしているA君だが、なかよくしている思いをわきに置いて、平等な立場でコメントしたというなら、客観的と主張することもありかもしれませんが。(それを客観的だね、とB君が認めてくれるかはわかりませんが)) 関係者・利害関係があるかないか これが判断基準かと。

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あなた様の以前からの認識で、一般的なように思います。 お相手の方は、その方がこれまでに触れて来られた文化を選択して、アレンジした自論を持っておられるようですので、それはそれで個性として尊重されるものと思います。 たったひとりの意見でも、世界を変えることだって、実際にあると思うんですよね〜

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客観視して見た人間の数の問題ではなく、内容が客観的は否かの問題です。■

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ちなみにそいつは他人の事を煽るだけ煽って、図星を突かれたらすぐブロックするか自分を正当化ような奴でした。 そしたら上の文のような内容が返ってきました。