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初めてのぞみが設定された頃、名古屋駅を通過する「名古屋飛ばし」 と言うモノが存在したらしいのですがなぜそんな事をしたのでしょうか?

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回答(11件)

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東京を新幹線の始発列車の時刻である6:00に出発して、新大阪に8:30着というのを実現するため。 名古屋と京都の立場からすれば、そののぞみが通過する前にもう何本も列車が出ていて、8:30より前に新大阪に余裕で到着していられるので、実害は無く、一部の見当違いファンや客がブーイングしただけです。

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5

設定当時の早朝の「のぞみ」は東京や横浜のサラリーマンが大阪9時の会議に間に合うというコンセプトの元に設定されたもので、大阪の中心街から離れた新大阪駅には8時半に到着しなければなりませんでした。当時使用されていたのは300系で、700系やN700系といった後の新幹線と比べて最高速度で運転できる区間が少ない(振り子などの関係)というのと、当時は線路保守の都合上始発はスピードを落として運転する必要があったため、名古屋駅や京都駅に停車させると新大阪到着は8時30分以降になります。さらに、のぞみ号の前に名古屋始発の山陽新幹線直通のひかり号が設定されており、名古屋や京都にあまり害はないというJR東海の判断があって名古屋と京都を通過する列車が設定されました。因みに「のぞみ301号」以外ののぞみ号は当時から名古屋と京都に停車していました。新横浜停車は線路保守での減速区間なので運転時間に害はないと判断されたのも大きかったことでしょう。

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7

東京6時ちょうど発、新大阪8時30分着で運行するためです。 他の方の回答にもありますが当時の東海道新幹線では、夜間に大規模な保守工事をやった区間では始発列車は最高速度を出せない場合がありました。 そのための余裕時間を叩き出すために、名古屋と京都を通過という「苦肉の策」を取ったのです。 代わりに停車しても時間ロスが小さい新横浜に停めたのです。 「東京6時ちょうど発、新大阪8時30分着」というのは、新幹線の営業施策上重要なダイヤでした。 これは航空機の始発便(羽田7時発)に対抗するためです。この便は大阪のビジネス街に9時頃に到着できるのが売りで、当時鉄道でこの時間に間に合わせようとすると夜行移動しかなかったのです(だから「銀河」のビジネス需要が高かったのです)。 その後、車両の性能が上がったためにそこまでしなくても「東京6時ちょうど発、新大阪8時30分着」が可能となりました。

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5

まず前提として、東京を6時ぐらいに出て新大阪に8時半ぐらいに到着させる必要があります。(朝から大阪で仕事があるビジネスマン向け) 当時の線路の保守をする技術が低く、最初の1本はゆっくり走る必要がありました。なのでゆっくり走らせても新大阪に8時半に到着しないといけません。ですから、名古屋(と京都)を通過させることで時間を短縮したのです。

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JR東海という会社は、旧国鉄の「自称・改革派」幹部たちの中で、自分こそが最も儲かる会社を経営したい、と画策して上手く立ち回った人たちが制度設計した会社です。だから、名古屋に本社があるといっても、別にもともと名古屋に縁やゆかりがあるわけでも地元愛があるわけでもなんでもなく、東海道新幹線の利益を東北地方や中国地方のローカル線の赤字の埋め合わせに使わさせずに、最大限に自分たちの会社に貯めこむには、名古屋あたりに本社を置くのが制度設計上、最も都合がよい、というだけの理由で名古屋に本社を置いた会社です。 だから、列車に客が増えて会社が儲かるならば、別に名古屋なんか通過したってどうでもよいと思ったのでしょう。しかし、いきなりすべての列車が名古屋を通過したら反対が強いかもしれないと考えて、最初は目立たぬように朝だけにしたのでしょう。反対が強ければ「保守の都合がー」とでも言い抜ければいいし、反対が少なければ、何食わぬ顔して少しずつ通貨列車を増やしていくつもりだったのかもしれません。幸か不幸か、地元が大反対を展開したので、残念ながらJR東海の思うようにはならなかったのでしょう。

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