平安時代の十二単は、女房装束とも呼ばれていたそうですが、名前に女房と入っているから女房の着物なのですか?貴族が着ていた十二単は何なのですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

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お礼日時:1/25 23:04

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房とは部屋のこと、女とは当然女性のことです。 女房というのは宮廷に仕える女性スタッフのうち、特に女性官僚と呼べるような高級女性スタッフのことを言います。 この高級スタッフには執務室として部屋(房)がそれぞれ与えられていたので女房というのです。 女房には教養のある貴族の娘が就き、宮廷内の正装として十二単を着ていたので女房装束といいます。 女房の正式な礼装なので女房装束というのです。

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十二単は当時の高貴な女性の正装です。 ただ、皇族や貴族などの高貴な女性は、 儀式や公的な場に参加する時は十二単を着ていたものの、 ふだんはわりと、ラクな服装をしていました。 しかし貴人に使える高級女官(女房)は、 彼らに対して失礼に当たらないように、十二単を着ていました。 主に内裏(宮廷)で働く、貴族の娘がこれにあたります。 普段から十二単をたくさん着用しているのは、 女房、(高級女官)が多い、 ということで、 通称として、『女房装束』という呼称が、定着したと思います。

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女房(宮中の女官)は、多くは貴族の娘でしたから、「女房装束」でも間違いではないかな。 女官というと、下働きみたいなイメージですが、宮中(后妃など)に仕える女官である「女房」は、主に代わってのやり取りをしなければならず、高い知識が必要でしたし、礼儀作法も必要でした。更には、いつ、天皇のお手つきになるかもしれなかったので、殆どが貴族の娘でした。