NHKの、お名前で、平家対源氏を放送してました。

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鎌足はともかく、NHKはどこまで、本当なのでしょうか? それとも、私の見間違いか、勘違いだったのでしょうか? 源氏が、平家より、古いと、ただし、清和源氏とは、言ってなかったと、思います。ダービみたいな、感じで、放送してましたが。

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飛鳥時代の末、中臣鎌足が亡くなるときに天智天皇が藤原の氏を与えたのが藤原氏の始まりです。 平家は平安初期に桓武天皇の皇子やその子供たちなどが数多く、これを養うために財政が圧迫されたために平氏の氏を与えて臣籍降下させたのが始まりです。 源氏はそれ以降に残った中級以上の皇族が、皇位継承争いに巻き込まれないように順次臣籍降下していった時に与えられた氏です。 平氏は下級皇族が主でしたから、臣籍降下して与えられる官職もいきなり低いものが多く、地方の国司などで赴任した時にそのまま土着したりしました。 一方、源氏は中級以上の皇族が臣籍降下したものですから、臣籍降下した本人と息子くらいの代までは高い地位にいました。 また、国司になっても都の近くが多く、このため初期の源氏は近畿地方や美濃などに勢力を築きます。 清和源氏系の河内源氏の源頼義や義家は、藤原摂関家とむずびついて大きな力を持ちましたが、丁度そのころに院政が始まり、摂関家の力を削ぐために標的の一つとされたのが河内源氏でした。 河内源氏は不祥事が続いたこともあって徹底的に冷遇されていきます。 代わって後白河法皇は伊勢平氏系の平忠盛・清盛親子(平家)を源氏に対抗できる勢力として育て平家は政争のたびに勝ち組に入って大きな力を得ていきます。 このため思いっきりざっくり表現すると「平家より、源の方が歴史が古い」なんて表現もでてきますが、基本的に平氏の方が古いです。 尚、「中級以上の皇族が臣籍降下するときに源氏の氏を与えられる」という習慣は南北朝時代まで続き、江戸時代にも正親町天皇の子孫忠幸王が臣籍降下するときに源氏になっています。