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殉死について。隆慶一郎の「死ぬことと見つけたり」という小説の中の話なんですが...

lto********さん

2009/5/817:27:07

殉死について。隆慶一郎の「死ぬことと見つけたり」という小説の中の話なんですが、主人公が殿様(鍋島勝茂です)の死後、殉死をとげます。

けど別に誰かに強いられたわけでもなければ(むしろ止められた)、主人公はそんなに殿様の事を好きだったようにも見えませんでした。普通、こういう場合でも殉死をして、さらにそれが賞賛されるものなのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

isb********さん

編集あり2009/5/818:11:35

私も
『死ぬことと見つけたり』
は愛読書のひとつですが
正確には主人公である杢之助は勝茂の死後に殉死するとことまで描かれていません。

その構想(シナプス)は残っているものの
隆慶一郎が亡くなって絶筆となってしまい、ラストのシーンが描かれないままに終わってしまっています。

私もこの作品は非常に好きで絶筆になったことが本当に残念ですが・・・・

殉死は
一般に、主君が亡くなった後
その主君と結びつき、関係の深かった家臣、家来がするものとされていました。

この作品の冒頭では
杢之助の父と祖父が、主君である直茂の死後
ともに殉死するところから始まっています。

この二人は年貢を強奪するという大罪を犯したものの
直茂の計らいで命を助けられただけでなく
重い処罰さえ受けなかったという恩義を受けていますから
ある意味では当然のことでした。

>主人公はそんなに殿様の事を好きだったようにも見えませんでした
そんなことはないと思いますよ。
もう一度読み返してみてください。

杢之助は、その性分から殿さまである勝茂にたいして殿さまとも思えないような態度をとってはいますが
勝茂を好きでもあり、ある面では尊敬していたと思いますよ。

互いに通常の主君と家臣という関係ではなかったものの
(杢之助の身分は家臣ではなく浪人)
互いに認め合っていて、強い繋がりを持っていました。

だからこそ
杢之助は親友である救馬ともども(それぞれ別個な理由によってではありますが)殉死する
というストーリーになっているのだと思いますね。

この作品で悪役に描かれている老中
松平伊豆守信綱
ですが、近習として仕え、結びつきの強かった家光が亡くなった際に殉死しなかったことを
この作品のなかでも避難されていますね。


殉死については
森鴎外の『阿部一族』をご覧になると良いと思いますよ。

この後
鍋島家では追腹(殉死)禁止令が出され
幕府においても殉死禁止令が出されます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

com********さん

2009/5/821:19:21

わたしのもっている本のくだりには【下級家臣の殉死は、秩序化されつつある幕藩体制の中で、直接主君と交流があったことを誇示することで、既成の身分秩序を越えて主君に直接的に結びつこうする心理の現れであった】と書いています。参考になればうれしいです。

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