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戦艦大和、戦艦武蔵って本当に必要だったんですかね。

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日本史 | 歴史1,034閲覧

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回答(29件)

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全くおっしゃる通りです!! 完成・竣工した時点で、完全に時代遅れでした。 開戦のハワイ攻撃で自ら空母航空戦力の時代到来を証明しながら、予算資源人員の多くを戦艦用に注ぎ込み、ちぐはぐで無駄な運用をしていました。 ハワイ真珠湾で大半の戦艦群を失った敵国アメリカの方が、残された空母群で空母集中運用を進化させました。 戦艦大和や武蔵をミッドウェー海戦やその後の海戦で空母機動部隊の先に行かせて、敵基地への艦砲射撃など思い切った運用ができれば役に立ったでしょうが、日本海軍は極秘戦艦の存在がバレることを恐れ、後方で温存するばかりでした。冷房完備で『大和ホテル』『武蔵御殿』と他艦から揶揄されていました。 戦争末期敗色濃厚となり、やっと最前線に出撃した頃は、完全に『役立たず』でした。

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戦艦の利点は雨の日や風が強い日でも戦えるという点です。 空母は雨の日はおろか、発着の際の横風すらNGです。だから 空母が戦えないときに艦隊決戦するなら戦艦が必要です。 そもそも、アメリカという大量の戦力差の相手+石油が無いから あまり動かせないだけでもし、日本と同格の国が戦艦作らず空母 だけ使ったら空母の弱点を突いて反撃できるでしょう。 ただ、艦隊決戦ではアメリカには勝てませんし、潜水艦による商船 破壊で粘る方が時間は稼げたでしょうね。まあ、時間稼いでも意味 があったかというと被害が増えるだけな気もしますが・・。

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人類の古い価値観と時代をそっくり丸ごとひっくり返す、つまり革命の為に必要でしたね、最初からほぼ戦わずして沈ませる計画で建造したんですよ。連合艦隊自体がそうでした。

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起工当時の1937年の価値観では必要だったのでしょう。 米国も1940年になってもアイオワ級を起工しているく らいですからね。 価値観が変わったのは、1941年12月8日です。

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不要でした。 当時は既に大艦巨砲主義の時代は過ぎ去っていて、戦い方が変わっていました。大和と武蔵の建造が進んでからやっと気付きましたが、既に時遅し。 その後、3隻目も計画されましたが、それは空母に設計変更されました。 日本の軍事史上最大の無駄遣いと言って良いですね。 運用方法によっては少し戦えたかもしれませんが、戦艦という形では自由度は低かったでしょう。それ以前に、補給が出来なくなっていた戦況では、どのような作戦を用いてもほとんど効果は無かったと思います。