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2022/5/9 19:21

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平成23年3月、福島原発事故の初動で、 当時の菅直人総理はヘリコプターでベント命令をしに行った事が 大きな間違いだったと原発推進の人が批判していますが、

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菅直人総理が、震災翌朝、ヘリでイチエフに降り立たなかったら、我が国は終わっていた可能性が高いのです。 それらが報道され、それを面白く思わなかった原発利権者もいます。 原発推進の安倍は、菅直人総理が海水注入を阻止したから、福島原発事故が過酷事故になったんだ!と、とんでもない嘘を拡散。 それを安倍の太鼓持ちである原発推進の読売新聞や産経新聞やNHKがその大嘘を大々的に報道拡散。 それを信じてしまった国民も多く、今もその嘘に洗脳されたままの国民も多いのです。 多くの国民が民主党叩きに転じさせた虚言へき。 震災復興そっちのけで党利党略、政権争いをタニガキと仕掛け続け、政権をとった。 そしてまたコアキャッチャーも汚染水タンクも無い原発を、世界一厳しい新規制基準だ♪安全安心だ♪と嘘をついて原発推進。

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間違いでした。 当時、大混乱の中、福島第一原発の所長以下現地に残った従業員たちはなんとか、被害を食い止めようとしていました。 現場の人たちは、当時の原発内部をどこまでも知りえるプロです。 当然、ベントを締める必要性は知ってました。 だから、早くベントを締めようとしてました。 でも、「東京から偉い人が来るから、それまで待て!」とされてしまいました。 現場は「早く締めないと大変なことになる!」と言っているのに東京の人たちは「総理が来るんだから、今の作業を一時中断しててでも総理を出迎えろ」ってなりました。 あとですね。決死隊と言っていますが、現場の原発周辺の消防団はあれよりももっと過酷な事やってます。 でも、「決死隊」なんて名前は付けられてないし報道も少なく目立たないので知らないだけです。 あの時、どこをどうすれば災害が食い止められるかを現場は知ってました。でも、決定権を持っているのは東電でしたから、できなかったことも多かったんです。 それなのに東電はするべき仕事をしませんでした。

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質問者2022/5/14 5:34

作り話はやめましょう。 ベントは締めるものではなく、開けるものです。 発災から短時間でメルトダウン。 早い段階でベントラインを解放し、圧力容器、格納容器の減圧して注水を始める必要がありましたが、東電元社員の炉心の専門家の公表の通り、津波の前の地震のみで大破した福島原発。発災後、即ドライアウトし、即メルトダウン 東電公表の通り、短時間で10000リットル以上減水 しかし注水出来ず 東電公表の通り、津波の後で中に入ろうにもエアーロックに近寄っただけで線量計も振り切り、走って逃げるしかありませんでした、 ベント許可を出すも、そのベントすら出来ない東電。 イラつくイラ菅直人総理 そして、震災翌朝ヘリでイチエフに降り立ち、神風特攻ベント命令 東電映像の通り、そのやり取りを東電本店にテレビ電話で伝えた吉田所長 これからジジーの決死隊を送り込みまぁ〜す!と伝え、東電本店もそれを了承

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当時の管総理の行動についてはかなりのフェイクニュースが盛り込まれ過ぎていて、私は個人的には管直人は好きではないが、事実はかなり違うと思われる。パニックに陥っていたのは東電だけでなくマスコミもそうで、これ幸いとあることないこと書きまくるのが放置されていた。 50年くらい経って原子力政策が終わったときに検証されるべき問題。

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現実はぜんぜん違いますね。現場を混乱させただけみたいな証言ばかり >【原発】「オレの質問に答えろ!」と菅前総理が・・・(12/02/28) https://youtu.be/VUpy4EzrdLg

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