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ちむどんどんで暢子が昔、引きとられるはずだった親戚のおばさんというのが原田美枝子なのですか?

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回答(7件)

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そのうちに判明してくると思いますが、親戚の叔母さんだったとしたらあんなに冷たい態度にはならないのではないか?と思います。

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私はそうだと思っています。 お店の壁にヒビが入っていますね。 原田美枝子さんは、暢子の才能を認め 後継者として厳しく育てようとするのではないかと。 店の経営を任された後も苦労の連続となるも 髙嶋政宏さんたちと協力し、苦難を乗り越えていくと予想しています。

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可能性はあり。 前作も森山良子が日本語喋れない設定だから安子じゃないとミスリード誘っててやっぱり安子でしただった。 今回も名前聞いて気づかないから違うとか言っててやはりそうでしたとなるかも。

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暢子がオーナーに渡した平良三郎の紹介状には『比嘉さん(暢子)は亡くなった比嘉賢三君の娘です。今更かとは思いましたがこれも何かの縁かと頼らせてもらいました。何卒よろしく。』と書かれていたので沖縄に戻った賢三が亡くなった事を三郎もオーナーも知っていたということになります。 つまり、少なくとも三郎は東京にいる金の亡者である賢三の叔母さんから賢三が亡くなった事を聞いていたという事になり、三郎が紹介状で『今更かとは思いましたがこれも何かの縁』と言ってることから推測するとオーナー=金の亡者の叔母さんで賢三が亡くなった時に賢三の子供を誰か1人引き取ると申し出て、それに応じて来る予定だった子供(暢子)が東京に来るのを断ったのに今更、東京にやってきて面倒をみて欲しいというのは虫のいい話だろうけども、これも縁だと思うので何卒よろしくという意味の文面だとしたら話の筋は通りますよね。 賢三が東京で世話になっていたのはオーナー=賢三の叔母さんで賢三の腕を見込んで将来は店を賢三に譲ろうと思っていたが何らかの事情で賢三は沖縄に戻ることになり、賢三が亡くなったと聞いたオーナーは賢三の代わりに賢三の子供に店を譲る為に東京に引き取って料理を教えながら育てるつもりだったが引き取る直前で話は流れて月日は経ち、沖縄本土復帰の年に暢子(賢三の子供)の方から料理人になりたいと東京に出てきて自分の店で雇う事になった運命の悪戯にオーナーも思わず『まさかやー』と声を漏らしたんでしょうね。 比嘉という名字は沖縄で一番多い(約3.5%)ので比嘉暢子と名乗っても比嘉賢三の娘とすぐに結び付けるかどうかは疑わしいですし、現に三郎の紹介状と暢子持参の包丁を見て初めて気付いたくらいですからオーナーが賢三の叔母さんである可能性は十分にあります。 暢子が沖縄を出る際に東京の叔母さんに知らせるかどうかという点でも、一度養子の申し出をドタキャンして叔母さんのメンツを潰している手前、おそらく連絡はしていないと思われる(暢子も叔母さんを訪ねようとしたり、挨拶に行く素振りさえ見せず、挙げ句の果てには頼りの綱だった賢秀が行方をくらまして途方に暮れていても結局、叔母さんの事すら口に出しませんでした。)

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そうすると三郎と暢子の出会いは偶然すぎませんか?暢子が鶴見にやってくるのまでは良いけど、迷子になっていたら偶然、三味の音を聞いてその家を尋ねたら沖縄の県人会の会長とは。でもなんらかの方法で会長である三郎にはたどり着いいたと思います

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本土に行ったきり縁遠くなっている金の亡者だった遠い親戚でしたよね?(おじさんの言葉から) もしそうなら、オーナーは気づくだろうし、暢子にしても子供の時に一度東京に行こうとした時にレストランのオーナーで大城さんだと優子さんは言うはずですよね?育てのお母さんになるのですから。 店の名前までは曖昧かもしれませんが、引き取ろうとしている親戚の名前は言うはずです。 でも子供頃の話で、話がなくなってしまったので忘れている可能性はあるかもしれません。 でも相関図では比嘉家と因縁があるようなので、何かしら関係があることは事実です。 まさかとは思いますが、お父さんの元恋人?は話が飛躍すぎですかね(笑) その辺を注意深く観てみたいです。

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