遠心力は見かけの力だ!っていう人が多いですが、どうしてですか? 明らかに、ニュートン力学ではない気がするのですが。 その辺に詳しい人の意見を求めます。

物理学 | 天文、宇宙2,450閲覧

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>遠心力が働いているということは、何かしらの向心力が働いているはずで、 その通りです。 >なにかを議論するにはその向心力について考えたほうが手っ取り早いからでしょう 何を言っているのか分かりません。 なぜ向心力が先なんですか? 向心力が働いているから、円運動するんですか? 向心力というのは中心力とも言います。 中心力というのは中心へと引っ張る力です。 それだけで、円運動になるんですか?

ThanksImg質問者からのお礼コメント

>私も「遠心力という言葉を使ったらすべて間違い」というような風潮はどうかと思っている側です。 この言葉に賛同です。

お礼日時:5/19 19:41

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>遠心力は見かけの力だ!っていう人が多いですが、どうしてですか? そういう人の意味する「遠心力」と質問者様の意味する「遠心力」とは指すものが違うためです。単なる言葉の意味の問題です。 法律などフォーマルな手順で決められている場合を除き、誰にも、どんな偉い人にも、言葉の意味を決める権限はありません。言葉は人と人が分かり合うためにあるので、多くの人と同じ使い方をすると便利です。多くの人と同じ意味で使うのが嫌ならその言葉を使うのを避け別の表現をするることをお勧めします。 「向心力の反作用は見かけの力か?」という表現で聞けば、見かけの力だと答える人はいません。

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>「向心力の反作用は見かけの力か?」という表現で聞けば、見かけの力だと答える人はいません。 それがいるんです、胸を張って言える人が。 「見かけ論」者は、見かけ論者なりの理屈があるのです。 向心力には反作用がないと言い切る人が。 貴方は見かけ論の正式な論理を知らないのじゃ?

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ニュートンが言う「遠心力」とはこれですね。「プリンキピア」命題10の注解 http://fnorio.com/0159Principia/Principia.html#2-10 「また放物線である円錐曲線が双曲線に転化されるとしますと、物体はこの双曲線の周上を、向心力から遠心力に変わった力によって動くでしょう。」 少し解説すると、これはラザフォードの実験のように正電荷を持つ原子核に正電荷の粒子を衝突させると、双曲線を描いて跳ね返されます。この時の正電荷同士の斥力のことを「遠心力」と言っています。 この「遠心力」はもちろん実在の力です。否定する人はいないと思いますよ。

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>「また放物線である円錐曲線が双曲線に転化されるとしますと、物体はこの双曲線の周上を、向心力から遠心力に変わった力によって動くでしょう。」 この部分は、今回のテーマから離れます。 もし引用するとしたら、命題5の直前に書かれた次の文が適正です。 「多角形の辺を無限に小さくして円に一致させますと、与えられた時間内に描かれる弧の二乗を半径でわったものに比例することになります。この力は物体が円を押しやる遠心力です。そしてそれに、円がたえず物体を中心のほうに引きもどす力は相等しいのです。」 たしかに 「また放物線である円錐曲線が双曲線に転化される」云々は 向心力と遠心力についてのニュートンの考えを示していますが、この引用は私には的外れのように思います。 ただそれでも、ニュートンは、遠心力が「見かけの力だ」という考えを、みじんも持っていないことだけはこの言葉からも分かります。

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ニュートンによる運動の3法則は、そのままだと加速度運動する系には適用できません。 例えば重力により円運動をしている惑星を、惑星上にいる観測者から見ると、惑星には重力がかかっているため第一法則(慣性の法則)により、第二法則(運動方程式)によって決まる加速度が生じるはずです。しかし、観測者は惑星と一緒に動いているので、惑星には加速度が生じないように見えなければなりません。 この矛盾を解決するために、第三法則(作用・反作用の法則)が適用できない力である慣性力を導入します。 上の例では、惑星上にいる観測者からは、惑星に重力だけでなく慣性力の一種である遠心力が働いているように見えます。遠心力と重力の釣り合いにより、第一法則は満たされ、矛盾がなくなります。 慣性力は座標系に依存した力です。太陽(簡単のため無限に重いとします)の上に静止している観測者からは、地球には遠心力が働いているようには見えません。 作用・反作用の法則が適用されないこと、座標系に依存した力であること、これらの点から慣性力は見かけの力と呼ばれます。 なお、上記から明らかなように、向心力と遠心力が互いに反作用の関係であるというのは誤りです。

>ニュートンによる運動の3法則は、そのままだと加速度運動する系には適用できません。 それがそもそもニュートン力学ではありません。 ○○系なんて言う表現はニュートン力学ではありません。 こんにちのトンデモ物理です。 >例えば重力により円運動をしている惑星を、惑星上にいる観測者から見ると それは天動説です。 天動説では、地球が止まって太陽が東から昇ります。 でもそれは物理学的には誤りです。 地球から夜空を見ていると、北極星を中心に回っています。。 遠い星ほどものすごい速さで回っています。 北極星は自転しているだけです。 その現象に力学を使用するのでしょうか?貴方は。 やめましょうよ、そんな話。 するだけ無駄ですから。

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一言で言えば「遠心力」は 正確には「遠心作用」だからですね。 私たちは日常的感覚では 「力」と「作用」の区別なく 両方の現象を「力」と考えていますが 科学的言葉使いとしては この2つは別の物なので「遠心作用」を 「力」という表現に置き換えれば 「見かけの力」とかという表現になると言い事です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 学校で「作用・反作用」って習いますね。 ネットで意味を検索すると(一例とし) >1つの物体が、もう1つの物体に力を加えると, >必ず同時に相手の物体から, >一直線上にあって大きさが同じで逆向きの力を受ける。 と言う意味が表示されます。 ここで、よく考えてください。 もし「力」と「作用」が同じ意味なら 無理に「作用・半作用」と言わずに 「力(あるいは正力)・反力」 とでも表現した方が分かりやすいですよね。 しかし、そういう風には習いません。 つまり「力」と「作用」は 現実に起こる際の現象としては 同じような事に見えますが よく考えると別と考えないと 細かい点で科学的合理性に矛盾が生じるので それぞれを分けて使い分けているのです。 そこで再びネット検索で「力」と「作用」を調べると 「力」:物理学における力とは、 物体の状態を変化させる原因となる作用。 となっています。 そして 「作用」:一般にはある物(事象)が他の物(事象)に及ぼす 何らかの影響・効果のこと。物理学や数学で用いられる。 とあります。 「力」の説明には「作用」という言葉がありますが 「作用」の方には「力」という表現はありません。 つまり「力」は「作用」の一種 または「作用」による現象の1つであり 逆に言えば「作用」の中には 「力」でない事象もあるという事です。 更に細かく言えば 「作用」の説明には >物理学や数学で用いられる。 とあります。 つまり「作用」という表現は 一般的にはあまり使われない言い方で それが先に記した >私たちは日常的感覚では >「力」と「作用」の区別なく >両方の現象を「力」と考えていますが という事になり この日常的な言い方では 「遠心作用」は「遠心力」と一般化された言い方になる訳です。 そして、この言い方の違いを 科学的に説明する場 (例えばYahoo!知恵袋のサイエンス・カテなど)では >「遠心力」という「力」はないよ。 とか >「遠心力」は「見せかけの力」です という方がいる訳です。 ちなみに「遠心作用」とは 円運動する物体にかかる 中心に向かう力「向心力」の反作用です。 物体が円運動する時に働く「力」は 物体が前に真っすぐ進もうとする「力」と その物体を円の中心に向かわせる「力」の2つです。 この後者の「力」を「向心力」と言います。 一方で「円運動」における 「作用(反作用)」を考えると 物体が前に進む「作用」とそれに対する「反作用」 物体を円の中心に向かわせる「作用」と その逆に外に向かわせる「反作用」 ・・・がある訳です。 実際には「作用・反作用」は 見方の違いで言葉的には逆転して使う場合もあるので 「遠心作用」から見れば「向心力」方向の「作用」が 「反作用」と言えるとなる場合もある。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて、ここまでは 「力」と「作用」という科学の言葉的違いで説明しましたが 実際に「遠心力」が存在しない事は ボールにロープをつけて グルグル回して手を放すという事をしても 分かると思います。 例えば「ハンマー投げ」 https://www.youtube.com/watch?v=uRKvKEe0cz4 よく見ると選手は投げる方向の 約90度の位置で手を放しています! これは先の円運動に働いている「力」が >物体が前に真っすぐ進もうとする「力」と >その物体を円の中心に向かわせる「力」の2つです。 であるからです。 つまり投げたい方向に物体(ハンマー)の 真っ直ぐ進む力が向かっている位置が 円運動では丁度90度の位置です。 その位置に来た時に、手を放すと 「向心力(円の中心に向かう力)」を作っていた ワイヤーからの作用がなくなりますから ハンマーは残っている「力」である 真っ直ぐ進む力によって飛んで行く訳です。 もし「遠心力」が「向心力」と同じ「現実の力」であれば 手を放す位置はハンマーを飛ばす方向の方が良いはずです。 これは円運動でボールなど飛ばすスポーツに 全て共通していて野球の投球や 槍投げ・円盤投げも 肩や体の「軸」に対して 投げたい方向の90度の位置で 物体をリリースするようにしています。 (機会があればスロー映像などで確認してください) こうした実際の現象などから 「力」と「作用」は科学では 厳密には区別される訳ですが 日常的には 区別されないので 多くに彼方が「作用」を「力」とを ごちゃ混ぜに使っているので (日常ではそれでも困らないからね) 本件のような勘違いが起こる訳です。

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何を言っているのかさっぱり分かりません。 とにかく、何が何でも遠心力は見かけの力だと言い張っているだけでしょうか? ニュートンはハッキリと遠心力は向心力と作用・反作用の関係だと言っているのですよ。 貴方の論理は、遠心力は見かけの力だ!に何としてでも持っていこうとしている説明にしか聞こえません。 つまり私には、靴に合わせて足を切る、そんな論法のようにしか聞こえないのですが、違いますか? >実際に「遠心力」が存在しない事は ボールにロープをつけて グルグル回して手を放すという事をしても 分かると思います。 どういう意味ですか? ぐるぐる回している時しか現れないのが遠心力ですよ。 手を離したら、話した瞬間の速度のまま、慣性で飛んで行くのと違いますか? ひょっとして遠心力で飛んで行っていると思っているんですか?

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座標系の取り方の違いではないかと。 例:ブランコに乗っている人がいて ・この人を座標系に取れば、この人には遠心力がかかる ・外からベンチに座って見ている人を座標系に取れば、 この人には向心力(求心力)がかかって グルグル回っている。

>座標系の取り方の違いではないかと。 その考えは天動説でも問題はないという考えと一緒ですよね? 天動説もそういう論法で間違いではないという考えで。 ニュートン力学とは無縁の考えだと私は思います。 って言うか、反ニュートン主義、反ガリレオ主義と言って良いと思います。