ある質問に「信号を渡る」という表現は正しいかどうか、というものがありました。 ベストアンサーを含むほとんどの回答はこれを間違いとし、「歩道を渡る」が正しい表現だとしていました。

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その他の回答(5件)

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”信号”を『信号機(そのもの)』の意味ではなく『交差点』や『信号機のある場所』の意味として使うことは、すでに一般化しています。 (もちろん、『信号機』そのものの意味でも使いますが) なので、”信号”を、一般に通じるレベルで広義に解釈するなら正解です。 それを間違いだというのは、たしかに厳密な解釈としては正当な指摘でしょう。 しかし、そこまで厳格な狭義での語義に従うのであれば、「歩道」と「横断歩道」も違うのですから、「歩道を渡る」もまた間違った表現とすべきで「横断歩道を渡る」が正解だというべきでしょう。 「信号を渡る」が間違いなのに「歩道を渡る」が正解だというのは、いささか身勝手な(あるいは偏狭な)解釈といえます。

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言語の専門家ではありませんがm(__)m。 推測ですが「信号の(ある場所を)渡る」が省略された言い方かも。同様に「扇風機(の羽根が)が回る」や「明日は学校(の授業)がない」、「鍋(料理)を食べる」などなどたぶん私は自動的に脳内変換して受け取っているのかもしれません。日本語の融通無碍の利点と思ってます(私は)。 最近の風潮で言葉の意味の正確さや限定の仕方などが近視眼的になっているように思っています。それ自体悪いことではないのです、誤解の余地も少ないので。でも中には美しい誤解もあっていいように思うんです。考え過ぎずに生きられるし、もし違っていても市井では笑いのタネになるし。どこぞの答弁みたいな意味もない意味の突っ突き合いばかりでは日々疲れそうで。ほんとに言葉が重要な時は○○士などというセンセイの力を借りますので。 というように考えます。

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回答ありがとうございます。 確かに最近は言葉の省略が顕著ですよね。この傾向がいいか悪いかは分かりませんが、言葉の進化の過程を見ているようで私は面白さを感じています(笑) ただ、メトニミーは漢字で"換喩"と書くように、省略というよりは、"近い関係性同士の置き換え"と理解する方が良いそうです。ちなみに、例として上げた扇風機、学校、鍋に関してはメトニミーの例としてよく挙げられるものです。メトニミーは単なる省略表現ではなく、言語によって対象を際立たせる表現効果を持つレトリックの一つなんです。扇風機に関して言えば、扇風機の羽という"部分"を扇風機"全体"に置き換えて表現する、と言った具合です。 まあ、正直「信号を渡る」がそれに含まれるかは分かりません。しかし私的には近い関係性を持つことを基盤にした言葉の置き換え、としてのメトニミーだと推測し、表現的に間違いではないと考えました。

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「信号を渡る」がメトニミーと言えるかどうかは微妙ですね。私には違和感があります。

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なるほど… 私的には信号機と横断歩道の間に強い関係性がある、という点でメトニミーと判断いたしました。誰の文献か忘れましたが、「薬缶がわく」という表現がメトニミーの例として挙げられていました。 対象を表現する際にその目立つ部分を用いるというものです。 そもそも学者によってメトニミーの基準が違うらしいので、何が正しいかわかりませんね(笑)

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いずれも会話で意味が通じるので問題ないと思います。

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子ども的に考えてみますね。 例えば「鍋を食べる」というのが質問文にあったので使わせていただきます。 これを子ども的に考えたら鍋をバリバリ食べてると連想出来ませんか? なので、鍋ではなく中の料理(すき焼きなど)を食べるとすれば問題ないかと。 なので、「信号を渡る」というのも信号が橋みたいにかかっててその上を歩けるなら信号を渡るでも納得出来ますが普通に考えてそんな状況はないので「横断歩道を渡る」が納得というかしっくり来ます。 ちなみに鍋をつつくというのも納得出来ません。 諺みたいに「釜の飯をつつく」なら納得出来ますが

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回答ありがとうございます。 なるほど、言葉をそのまま捉えることにポリシーを置く方なんですね。とても面白いし、一つの考えとしてもありだと思います。メトニミーが許せない感じですかね、それとも比喩表現自体に違和感がある、みたいな(笑) とにかく万人に伝えることを視野に入れた場合はそちらのほうがいいかも知れませんね。