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2022/5/18 22:44

33回答

茶道の掛軸になります。

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回答(3件)

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禅や仏教には全く縁遠いので、素人の意見としてお聞きください 祖師西来 残一隻沓 愚さ生来 流茶送尿 「祖師西来」は禅の神髄の問答とあります。 「達磨大師はどうしてこられたのか」 「残一隻沓」は「隻履達磨」の故事とのことで、 https://www.zenbunka.or.jp/zenken/archives/2017/06/170619.html を参照してください。 「沓」は自信ありません。こうしてみると多分、祖師は達磨大師となりますね。 次の「愚さ生来 流茶送尿」は筆者のことでしょうか、 愚かさは生まれつきで、平凡な毎日を送っている_ 禅の教えを自らの生活に引き下げて見る、といっても何か韻を踏んでいるようで楽しい感じです。この方の書は他の軸も本歌どりのような雰囲気が見受けられました。

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この墨蹟は雰囲気からして江戸時代中期の世界的な禅僧の白隠慧鶴禅師の弟子が揮毫した墨蹟ではないかと思われますが、如何でしょうか。 白隠は石臼の絵で人間の生き方は石臼で挽くように心の角を摺り込んでまろやかな生き方をするようにと良く揮毫しており、弟子も踏襲して一般人に同種の墨蹟を付与しました。冒頭に祖師云々と書かれている ”祖師” は白隠のことではと思われますが如何?本紙のどこかに揮毫者の名前が書かれていないでしょうか。 そうすると後半の道歌(心を詠みこんだ和歌)は人間の生きる道を指し示していると思われ、白隠の道歌を書いたものと思われます。先の回答者さんは賢明にも読みを呈じてくれていますが、「地に蒔て やしない置くは 百千種 徒い尓栄へ 花や咲くらん」の意趣は、『厳しい大自然の中に放り出され、健全な意識で育っていくように仕向ければ すべての人間や誰もが やがては悟り(見性)に開花していく』という意趣(奥意)になります。

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質問者2022/5/19 18:15

丁寧な回答ありがとうございます。 筆はおそらく仙厓義梵 によるものと 思われます。 その場合前半部分はどのような意味になるでしょうか?

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後半部分のみですが・・ 地に蒔て やしない置は 百千草 徒い尓者栄へ 花や咲くらん 地に蒔きて やしない置けば 百千草 ついには栄え 花や咲くらん 意味は読んだままです。 土に蒔いて手間をかければどんな草花でも 大きく育ち花も咲くでしょう・・

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質問者2022/5/19 8:56

ありがとうございます。 前半部分で 解読可能な部分があれば 教えていただきたいです。