ライトノベルについての質問。 今まで一度も読んだことがありません。 ですがラノベ原作のアニメはかなり見てます。 気に入ったアニメの原作小説読んでみようかなと今思ってます。 質問です。

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「ラノベ」という言葉がなかった頃、初めて読みましたが、純文学と比較すると漫画のようなもの、という感覚でした。 口語体の平易な言葉で綴られていて読みやすいと言えば読みやすいですが純文学と比べて読み応えがないという感じです。 ラノベばかり読んでいる人が純文学を読むのは難しいかもしれませんが、純文学を読んでいる人がラノベを読むのには問題ないと思います。

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ピンキリとしか言えません。 勘違いされている方が多いのですがライトノベルは 『若い方向けに読みやすい、伝わりやすい文体・文章で書かれている』 のであって 「簡単な文章しか書けないからライトノベルを書いている」 という前提で考えるのは間違いです。 (無論そういったラノベ作家がいるのも事実ですが) なので『ライトノベル作家』の文章力・構成力・表現力が一般小説を書く作家に劣るわけではまったくありません。 むしろ作品によって文体・文章を変えられるならその作家の文章力は高いと言えます。 文章の意義は『内容を伝える事』にあるので「伝えたい相手」に内容を伝達できないならどんな巨匠の作品も無意味なものになり果てます。 (誰にも理解を求めていないなら別ですが) また文豪と呼ばれる方たちのそれとライトノベルと言うジャンル一概に比較するのはナンセンスと言えます。 文豪と呼ばれる作家でも大別として 『読み手に迎合せず己の中の芸術性を吐き出す純文学寄りの作品傾向』 『読み手に寄り沿い独り善がりにならず娯楽性を重視した大衆文学寄りの作品傾向』 のタイプに分かれますし、文豪と呼ばれる人でも芥川龍之介と夏目漱石では全く方向性が違いますしね。 文豪だから純文学と言う事は全くありません。 もっと言えば上記の基準さえ、定義や価値観が細分化しさらに様々な捉え方を出来るようになった現代では曖昧ですが。 個別に作品ごとに比較するならまだしも「文豪」「ライトノベル」と言う比較の仕方は乱暴すぎてお話にならないでしょう。 【大バッハやモーツァルトやベートーヴェンのような17~19世紀の巨匠とポストロックは演奏力でどちらが優れていますか?】 というような内容ですし。 またライトノベルは大衆文学の傾向が強いですが、乙一や入間人間のように純文学寄りの作品を書いている作家もいますし、これも一概に言えません。 もっと言えばライトノベルの定義自体現状では 「ライトノベルのレーベルから発行された書籍」 以外の定義は曖昧ですし、それすらも一般小説レーベル発行でもライトノベルと読者から称されたり、作者自身がライトノベルであると言っている事もあり確実とは言えません。 個別の作品同士で比較していくならまだしも包括的に「文豪」「ライトノベル」と比較するのは繰り返しますがナンセンスです。 さらにそもそもの話をしますと文豪と呼ばれる方の『文章力』『構成力』に限ってしまえば現代の作家と比べてそれほど優れていません。 勿論当時の基準としては素晴らしく今でもお手本になる様な例もあります。 何より内にある感性、芸術性の発露の秀逸さの『表現力』や全体で見た時の『文体の美しさ』など独自の魅力もあります。 しかしながら、文豪と呼ばれた人間が生きていた時代から文章の書き方も物語の構成も根本的に技術力が格段に進歩し、進化しています。 『文豪の書く作品の内容・作家の内にある物の表現』自体は現代においても燦然と輝く偉大な遺産と言えます。 しかし『文豪の書く文章自体』を比較対象とするなら現代作家の方が遥かに勝ります。 文豪が文章力に置いて優れているとすれば「その道を開拓した存在」であるという点です。 例えば料理でも基礎的な技術が数百年以上前変わらないように、文章に置いてその根幹となる物や形式を生み出した存在という点です。 しかしながら同じスープづくりでも最初のとにかく何でも煮込むという方向から… 素材が洗練されて、さらに必要な部位を選びだし旨みをより取り出しやすい形に加工して材料とするようになり、 さらに煮込み方にしても火加減や灰汁の取り方、混ぜ方、材料を追加するタイミングなど長い時間をかけて進化してきたように。 創作であれば小説に限らず映画や漫画や音楽作品などもそうであるように。 文章表現や構成もまた長い時間をかけて洗練され進化を続けています。 まあ…ライトノベル作家にそれを使いこなせる人間がどれだけいるかと言われれば少数でありそういう意味で文豪と比較にならないほど劣るというのも間違いはありませんが。 少なくとも『文章力』と言う点で見れば文豪が現代の作家と比較して優れているなどと言う事はそもそもありません。 質問者様が挙げられた作品… ・ゴブリンスレイヤー ・響けユーフォニアム ・ヴァイオレット・エヴァーガーデン いずれも大衆文学的(もっとも娯楽性と芸術性が双極という概念自体が古いが)な内容であり、文章そのものを楽しむより物語性を楽しむ方向の作品です。 ラノベなので地の文より会話が多い傾向にはありますし、レトリックを多用したり、逆に素朴過ぎたりといったきらいもありますが…。 読みやすく書かれており技巧的に特筆すべきものはないと思いますが、描き たいものをキチンと伝えられるという点で文章力は十分あると思います。 個人的には濫読気味で、そもそも純文学だの大衆文学だの一般だのラノベだの曖昧な類型にこだわって作品に出会う機会を逃すのは馬鹿馬鹿しいと思うので「とりあえず読んで面白ければいい」のスタンスで気にしませんが…。 そういった事にこだわりがあって、文章や作家の独自性など純文学的な方向性で楽しみたいなら、そもそもライトノベルは向かないでしょう。 読まない方が無難なのではないでしょうか?

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ゴブリンスレイヤーは読んだこと無いので分かりませんが、響け!ユーフォニアムとヴァイオレット・エヴァーガーデンは素晴らしい文章力だと思います。特にヴァイオレット・エヴァーガーデンは、小学校に入る前から小説しか読んでこなかった様な私でさえも国語辞典を引っ張り出してきて調べたりしながら読んだほどです。 暁佳奈先生の頭の中はきっと語彙力の海です。美しい文章に圧倒されると思いますよ

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ライトノベルは文字通りライトな読者層をターゲットにしております。あと時代の流れを強く受ける傾向もありその理解無いと文章の良し悪しすらわからないでしょう。 さらにSFの9割はゴミ理論がSF以上に強く当てはまります。バトルモノで完全されレベル高いラノベ作家でも山田風太郎を超える方はいないです。

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投稿された状態のものだと正直、、、、なものもあると思います。 ただし、出版される際には校正が入るので、普通に読めます。 ライトノベルは物語にかなりの重点があり、文章力勝負ではありません(そんなのは校正で補えます) 他人に語れない物語を語れるからこそのプロです。 そもそも、文豪と呼ばれる方の文章は、文章を飯の種にしている方の中でも全く及ばない世界です。 比較対象できるものではないです。 まあ、吾峠呼世晴さんとレンブラントやフェルメールの画力くらいの差だと思います。

夏目漱石や井上靖、司馬遼太郎、辻邦生さんらの文章を考えると正直、その域にはありません(当たり前ですが) 例えば、もし、辻邦生さんがこれらを書いていたら、出版社がラノベでは終わらせませんよ。 確かに、司馬遼太郎のゴブリンスレイヤーや井上靖のヴァイオレットがあれば、ぜひ読んでみたいです。 ただし、読んではみたいですが、気軽に楽しめなくなっていると思いますよ。 ラノベはラノベの文体が良いと思います。 だって、道場六三郎のハンバーガーって美味しいだろうけど、じゃあ、ビッグマックは?って感じです。 道場六三郎の懐石とビッグマックは遜色ないですか?と聞かれたら、遜色はあるけど、ビッグマックはうまいって答えます。