廣く行はしむ。此れ耶蘇の教ふる世の大旨なり。夫れ救はるると救はれざるは、専ら夫の信と不信を視る。則ち其の道の眞たり偽たる、安んぞ深く究めざるを得んや？是の書の作、人各々其の実証を得て共に其の道を信じ我の㑪（ともがら）と同じく救はるるを得んと欲するのみ。然も吾が西人究めずして驟（にわか）に之を信ずるに非ざるなり。蓋し知を致すは必ず格物を先にすべし。理を究むるは推原に在り。我が西土の人、水火の用を究め火輪舟車を作り、天文の奥を詳にして、千里の鏡を作り、風を測り気毬を作り、電に因り、通信線を作る。凡そ物理に属すること、心を悉して窮究せざる無し。則ち造物の主宰に人生の本末に於て、安くんぞ更に其の真実を求めざるを得んや？或いは以て（おもへらく）西人遐方に僻在し、見聞隘陋にして與に道を論ずるに足らず、と。知らず、吾西人の独り商たる者のみ、遍く諸国を歴るのみならざるを。即ち士人も亦た廣く天下に遊び、経る所の土地に、其の言語文字を学び、其の古今の書籍を訳し、其の風俗を察し、其の道術を問ふ。乃ち他の之を擇ばずして、独り東方の猶太国に出る所の教へを擇ぶなり。実に其の道の至善を知るに非ざるより、必ずしも時を歴て愈々久しく信心すること愈々固きこと、若くのごときにあらずして、且に遠く重なる洋を越へて、資を支へ、険を履み、此の教へを奉じて、以て天下に廣く傳へんとす。誠に道の離るべからざるを以てするのみ。一に水火の一日も無かるべからざるがごときなるのみ。然るを、或いは曰く、西人の教えを傳ふること、私意無きにあらず、と。曷ぞ思はざるや、教を伝ふるの人の盡く大美一国に由らずして、英法俄（ロシア）徳（ドイツ）各国心を同じくせざるに道を宣べ、且つ教へを傳ふるの地、独り中華一方に在るに非ざるを。緬甸、暹羅、日本、遠近の諸国、亦た常に各處に住きて教ふ。若し風化の要道、人事の大義の為に非ずんば、安くんぞ此くのごとく、同心協力して、遍く萬邦に告ぐるを得んや？ （教えが）廣く行われるようにさせるべきである。此れは、イエスの教える世界の趣旨である。そもそも、救われるか救われないかは、専らその人の信仰と不信仰による。そうであれば、其の道が真実であるか、詐りであって真実でないのか、どうして深く探究しないでいられようか？この書物を作ったのも、人が各々、其の実際の証拠を得ることで、共にこの道を信じて、我らの同輩と同じように救済されることを求めているだけなのである。だが西洋人も、教えを研究せず、俄かにキリスト教を信じたわけではない。おそらく知識を確立するためには、必ず道理の探究を先にしなければならない。道理を究むる方法は、起源を推察して、それを研究することに在る。我ら西洋の人間は、水と火の利用法を探究し、蒸気機関汽車汽船を作り、天文の法則を研究して望遠鏡を作り、風を測定し気球を作り、電気を研究して通信線を作った。およそ物理に属する事象であって、誠心に研究究明しないものは無い。そうであれば造物主、主宰は、人生の本末に直結するものであるから、どうして真実を求めずにいられようか？或る人は、西洋人をはるか彼方に僻在して、見聞は狭く田舎びて、ともに道を論ずるには不十分だと見なす。われら西洋人は、商人だけが、遍く諸国を歴訪するのではない。紳士も亦た廣く天下に歴訪して、往く先の土地土地で、其の言語や文字を学び、其の古今の書籍を訳し、其の風俗を考察し、其の技術を尋ねる。つまり他のどんな宗教をも選べるのにもかかわらず、それらを選ばずに、ただ一つ東方のユダヤから生まれた教えを選んだ。実際、宗教の中の至善を知っていたわけではなく、必ずしも長い時を歴て、愈々信心することが堅くなり、発展してきたわけではない。（公会議による異端の追放、教会の東西分裂、政教分離、各国の宗教改革、いろいろの歴史があった）また遠く大洋をいくつも越えて、資産を投じ、険阻な土地を踏み越えて、此の教えを奉じて、世界中に広く伝道した。真実教えが衰退してはいけないという使命感を以て、そうしてきただけである。ひとえに、水や火が一日たりとも無しではいられないように、この教えも不可欠であると見なした、という理由による。それなのに、或る人は言う。西洋人の教えを伝道する理由には、私かな意図が無いわけではない、と（領土的野心その他）どうして考えないのか、教えを伝える人、全てがアメリカ一国に由るのではなく、英国・フランス・ロシア・ドイツ、各国が、心を同じくしないが、皆キリスト教を宣教し、また宣教する土地は、ただ中華一国に在るのではなく、ビルマ・シャム（タイ）日本など遠近の諸国に宣教し、亦た何時も各々の場所に住き教えている。もし民衆を教え導こうという風化の要道と、人の大義のためでなければ、どうしてこのように、心を同じにして協力し、遍く萬邦に教えを告げることが出来ようか？できはしないだろう。