江戸時代に武士と町娘が結婚するのは身分からして有り得ないんですか?

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身分制度に厳しい地域だとあり得ないかもしれませんが、他の回答者さんが回答しているように「町娘が武士の家に養子として入ってから武士と結婚をする」というのはあったようで、昔の時代劇でたまに取り上げられていた事があります。 まぁ町娘がいきなりその地域の名士と結婚をするとなると生活習慣の違いから多少のトラブルがある可能性もあり、いったんは武士の家に入って生活の様子を一通り見せてから結婚をしたほうが無難でしょう。

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要は一夫多妻制だったので、いろいろありえたのでしょう。 江戸時代ではないですが、源頼朝に粛清された弟の範頼の母親は 遊女だったとか。(結婚はしてないでしょうけど)。

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何の根拠もなく、平気で「あり得ない」と言ってる人がいますが、嘘ですよ。 明治維新のスポンサーで、薩摩の国父(藩主の父)、島津久光の生母 つまり、島津斉興(薩摩藩10代目藩主)の側室、お由良の方は江戸の町人出身です。彼女の父親は大工とも八百屋ともいわれ、定かでない。つまり、町人の中でも大店などお金持ちの出身ですらないということです。 家臣の養女にするなど体裁を整えましたが、大名が町娘を娶ることは可能です。 もっとすごいのは、8代将軍、徳川吉宗です。 生母の出自は不明。幕府の記録ですら「良くて百姓。ただし、確証がない」と水飲み百姓(小作農)や、それ以上に低い身分だったことを示唆しています いずれにせよ、身分の高い武士の場合、武家や公家以外の女性を正室にするのは、難しいでしょう。 しかし、側室なら身分に関係なく、娶ることが可能なのです。 そもそも、江戸時代でも後半になると、武士の身分も売買されてましたよね。 坂本龍馬も、武士の家督をお金で買った商家です。 幕府の陸軍総裁にまで上り詰めた勝海舟の曾祖父も、越後から出てきた貧農で、朝廷の官位や武家(御家人や旗本)の家督をお金で買った成り上がりものです。 豪農とはいえ、農民出身の渋沢栄一なんて、武家の株すら買わずに、一橋家に仕えることで武士身分に昇格。慶喜に重宝され、幕臣に登用されて旗本身分に。 慶喜の生家である水戸徳川家(水戸藩)でも、 その父、徳川斉昭の側近中の側近だった藤田東湖は、 曾祖父が農民で、水戸に出て商人になった人物でした。 江戸時代の身分制はかなり動揺していたんです。

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ありえないです。武士の婚姻は許可が必要です。大名家家臣では大名の、大名や旗本御家人は将軍の許可が必要です。政略結婚による勝手な勢力増強を避けるためです。ただ、末端貧乏侍は黙認されました。ある程度の家格や禄高の武家は知り合いや組頭に頼んでどこぞの武家の養女としてから娶りました。

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一応、町娘を武士の家の養女にしてから、結婚させていました。

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