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2022/6/25 10:14

66回答

「孔子」を「あなつ」と読んでいた(呼んでいた)のは、いつごろまでですか?

文学、古典 | 中国史763閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">500

回答(6件)

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私は、大学生まで、茶話会(さわかい)を、サワー会(レモンサワーを飲む会)と聞き間違えしておりました。。。恥ずかしい限りです・・・。

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加地伸行先生の仰っている事を信じるとして、江戸時代の寺子屋での 素読限定だと思います。加地先生が証拠となる文献を挙げていない以上、 それ以上の詮索は無理だと思います。 has********さんが挙げられた文献の経典余師は嘉永5年(1852年)の もので、経典余師は天明元年(1781年)刊行ということですので、 江戸時代でも、普通は「子」は「し」と読まれていたと 考えるのが妥当だと思います。 has********さんが挙げられた画像を拡大してみると、 きちんと、「子」に「し」と読み仮名が振られている事が 分かると思います。「しののたまわくまなんで志こふして...」 と確かに書いてあります。1781年にそう書かれた本が刊行された という事は、普通は「子」は「し」と読まれていたと 考えるのが妥当です。 この回答に納得された場合は、has********さんを、 ベストアンサーに選んで頂きたいと思います。

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「あなつ」表記について、江戸時代に成立した論語の注釈集を参照しましたが、そういった表記は見つかりませんでした。 江戸時代ではみんな「あなつ」と読んでいたという主張はちょっと怪しいもののように思えます。 そもそも論語で「子」といえば無条件で孔子を指すのでわざわざ変な読み方をする意味はないのでは? 経典余師 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2557011 国会図書館デジタルコレクションより引用 リンク先2ページ目に有名な「学びて時に之を習う」がありますが(読みづらいですが)「しのたまはく」とフリガナをしてあります。

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質問者2022/6/25 22:05

回答ありがとうございます! 加地氏が嘘を言っているようにも思えないし…… やはり、こういう符牒みないなのは書かれないんですかね……開高健を開高ケンと呼ぶのは、広まりすぎて、併記されるほどになってますけど。他にも明治の有名人を本名とは違うふうに呼ぶのはけっこうありますよね。 印刷になければ、江戸時代の人の書き入れでもある書物があればベストなのですが。

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素読が盛んだった江戸時代の話ですね。 こちらの加地伸行『論語指導士養成講座』第二回「素読」の4ページにあります。 http://rongokikou.com/pdf/no2.pdf ……「子曰く」を、今では「しいわく」と読みますが、江戸時代はこう言っていました。 「あなつのたまわく」。 「あなつ」とは何か。孔子の孔は「あな」という字です。 「子」を「つ」と読むのは、音の特殊の読み方で、「子」この字自体は男性に対する敬意を表す ものです。「あなつ」は「孔先生」ということです。ですから、「子」を「し」ではなく、「あ なつ」と読めば、みんな孔子のことだとわかりました。 そして「曰く」は言う。しかし「のたまわく」となれば、敬語表現ですから、「おっしゃった」 となります。 「あなつのたまわく」は「孔先生はこうおっしゃられました」と理解できます。 これを「子曰く」「しわく」という音だけですと、意味は分かりません。…… とありますが。いつごろ始まりいつごろ終わったのかはわかりません。

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質問者2022/6/25 12:43

回答ありがとうございます! 私も同じく加地氏の、YouTubeでの講座を聞いて、「あなつ」の読み方を知って気になり、そして調べて塚田勝郎氏の文章からも「あなつ」の読みがあることは分かりました。(塚田氏も伝聞的に書いているので、加地氏が出発点かもしれません) それで、明治、大正、昭和、いつごろまで行われていたのかなと気になったのです。

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質問者様に質問するのも恐縮ですが。 だいたいどのような文献に「あなつ」は出てくるのでしょうか? 差し支えなければご教示ください。