ID非公開

2022/6/29 20:06

66回答

日中戦争中、日本国民は戦争のことどう思ったのですか?

歴史 | 世界史64閲覧

ベストアンサー

1

1人がナイス!しています

その他の回答(5件)

0

正しい敵視認識を与えられていない日本国民が、過去の歴史をどう思おうとあまり意味はありません。 戦後のアメリカによる日本人洗脳計画の成果を図る物差しになるだけのことです。

0

https://www.youtube.com/watch?v=BR04ZddW9b4 昭和12年12月発売のレコードで、昭和12年最大販売数です 画像にあるように経済成長率は23.4%(日本史上もっとも上がった経済成長率) 来年はもっとも良くなるぞって浮かれていました 結果は上がらなかったのですが…

画像
0

父親が子供の頃に何も分からないで皆んなで 「支那人チャン◯ロ、皆んな皆んなコ◯せー♪」 と突撃ラッパのメロディーで歌っていたそうな。 子供たちがそう歌ってたならば、そうゆう雰囲気だったのかと。 言論の自由度も今とは違いますし、情報統制もされてましたしね。どちらに比があって戦争が始まったにしても同じだったと思います。 こっちが原因だなどと言うわけないのだから。

0

「やれー! 中国軍ぶっ飛ばせー!!」 じゃないですか? 日中戦争って日本の侵略戦争と現在では教えられていますが、 実際は向うが挑発事件を何回も繰り返して、 結果起った戦争です 世界同時多発テロを受けたアメリカが 中東に軍隊を派遣した事があるでしょう? あれと同じです ―――――――――――― ●日中戦争の経緯● ―――――――――――― 【塘沽協定】1933年5月31日 満州事変の後、日本軍と中国軍は停戦条約を結び、 長城以南に非武装地帯を設定して両軍は撤退 中国軍に満州国を事実上黙認させる ↓ 【抗戦工事】1935年 国民政府は、上海周辺において あらゆる敵対行為を禁じた上海停戦協定を無視し、 抗戦工事と称して、上海に駐屯している日本軍と 日本租界を攻撃する為に上海周辺に堅固な要塞群を建設 ↓ 【華北分離工作】1935年 華北の豊富な資源獲得の為、 また中国軍が行っている抗戦工事に対する対抗案、 また抗日ゲリラの策源地である華北を叩く為に 日本軍は華北五省を中国国民政府から引き離して 支配下におこうと画策 ↓ 【成都事件】1936年8月24日 四川省成都でおきた、日本人4名が殺傷された排日事件 ↓ 【北海事件】1936年9月3日 中国広東省北海における排日暴動による日本人殺害事件 国民党軍の南方軍・広西軍が煽っていた ↓ 【盧溝橋事件】1937年7月7日 北京西南方向の盧溝橋で起きた 日本軍と国民党軍との衝突事件が発生 国民党軍側から発砲を受けた上に、 交渉中や撤退受け入れを3回も破り攻撃して来た為 近衛内閣は「今次事件は全く支那側の 計画的武力的抗日なること最早疑ひの余地なし」と 判断し、派兵を決定 ↓ 【大紅門事件】1937年7月13日 中華民国北平南苑区(現豊台区)の大紅門で 中国軍第38師によって日本軍トラックが 爆破されて日本兵4名が殺害された襲撃事件 ↓ 【廊坊事件】1937年7月25日~26日 廊坊付近で中国軍兵営内を通過する軍用電線が故障したため 支那駐屯軍は前もって中国側に通報し、 交渉してから修理に取り掛かったが、中国軍が襲撃 ↓ 【広安門事件】1937年7月26日 中華民国冀察政務委員会の支配地域であった北平(北京市)で 起きた国民革命軍第二十九軍による日本軍への襲撃事件 ↓ 【通州事件】1937年7月29日 日本に協力していたはずの中国人部隊が、 通州において日本人居留民200名以上を虐殺 7月27日「盧溝橋で日本軍は二十九軍に惨敗し、 豊台と廊坊は中国軍が奪還した」 という国民党軍の虚偽報道を鵜呑みにした中国人部隊は、 国民党軍に寝返る為に警護していた通州を襲撃したとされる 日清・日露戦争で得た大陸にある権益と、 そこに住まう民間人の生命を守る為には、 もはや断固とした鉄槌を中国軍に降し、 完膚なきまで叩かないといけないという 世論が日本国内で沸き立つ ↓ 【大山事件】1937年8月9日 上海海軍特別陸戦隊中隊長の大山勇夫海軍中尉と 斎藤與蔵一等水兵が殺害された事件 中国や英国の報道では日本側が無理に飛行場に入ろうと したのを支那番兵が制止したのに対し日本側が発砲した為 とされるが、ソ連のスパイである張治中が蔣介石の許可なしに 上海飛行場の外で事件を仕組んだ説がある ↓ 【第二次上海事変】1937年8月13日 国民党軍約20万人が当時国際都市と化していた上海の 日本租界へ砲爆撃を開始 8月14日には、国民党軍機の爆撃によって、避難所に命中し、 欧米人を含む3000人以上の民間人が死傷 中国メディアは「日本軍機による爆撃」と報道し責任転嫁 日本海軍は九州からの渡洋爆撃をして制空権を確保 上海にいた日本陸戦隊は、10倍以上の兵力をもつ中国軍相手に 多大な損害を出しつつも戦い続け、日本租界を死守 8月23日には上海派遣軍が上陸し、 頑強なトーチカ群に苦戦するも突破 11月5日に中国軍は退却、その退却の道中に 清野作戦を発動し、略奪・放火を繰り返す