原題は「イングランドの熊たち」、熊をめぐる8つの連作短編(寓話)集。黒一色のイラストが味わい深い。
ショーン・タンの「セミ」に似た印象がある。「サーカスの熊」「下水道の熊」「市民熊」と読み進むにつれ、熊たちは人間未満のようにあつかわれた人間、虐げられた下級労働者や移民のメタファーなのではないか、と思えてくるような…そこにいるのに人間にはなぜかみえていなかったり都合よく曲解されていたり…
訳者あとがきによると、実際にイギリスの熊は娯楽(動物虐待的なブラッド・スポーツ)の対象として、また食料や毛皮の原材料として乱獲されたために絶滅したという話で、その贖罪の物語とみてもいいのではないか、という解説は腑に落ちる。
人間の相棒と組んで潜水夫として大きな仕事をしつつ自分の感情を押し殺したまま失跡する熊ヘンリー・ハクスリーをえがいた「市民熊」が心に残った。水の底の風景の描写が美しくて、アニメか何かでみてみたくなった。
イギリスのどこかの時代を舞台に、あったかもしれないなかったかもしれない、熊にまつわる寓話を集めた物語。
訳者さんのあとがきを先に読んで事情を知ってから読むと、示唆に富んだ「大人のための(牙はおさめた)寓話」として愉しめますし、その方がひとつひとつの挿話やフレーズに深いものを感じられるのは確かです。それはそれとして、細やかな表現と面白い設定の熊の童話としても単純に面白く、「子供から大人まで」楽しめる短編集として素敵だなとも思いました。
作者がどこまで現実に起こったことに対しての警鐘を含めて書いたのかはわかりません。でも、昔昔から繋いできた「もうよみがえらせることのできないもの」を壊してきた人の業を、ウイットとユーモアをこめてこんなに豊かに描けるのだなあ、そしてそれを日本人である自分でもそうと認識できるんだなあ、と感じたのでした。人は言葉も住む場所も常識も違っても、根本的には同じ生き物なんだなあと。それは哀しい側面も持つのだなあ、としんみりと感じもしました。哀しいお話でお薦めはいたしません。