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2023/4/8 23:54

1414回答

脳が現実を作りだす、ということについて質問です。

ヒト | 哲学、倫理463閲覧

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回答(14件)

答えにはならないかもしれませんが、暇つぶしにお読みくださいね。 まず、現実を見ることは不可能じゃないかと思われます。 脳が見る現実というのは光の速さで目に届きそれが電気信号になって神経回路を伝っていきそれを脳で処理しますよね。時間がかかります。 見た対象物を脳内で認知するまでに時間差があり、脳内で認知する頃には、その対象物は別のものになっている可能性があります。 だから我々の認知する現実というのは常に半歩遅い過去の現実ということになります。文字通り現在の現実ではありません。 もう1つ、脳は現実を創りません。認知し記憶し分析するだけです。 現実を創造しているのは、思考と呼ばれるものです。思考は精神の一部ですがこの回路が最終的に言葉になって現実に落とされます。 外に見える世界は私達全人類の思考の現れです。 ちなみに精神は細胞一つ一つに内包されたシステムです。脳に精神があると多くの人が言うのは、脳には最も多く細胞が集まっているのでそう見えるだけです。 よく心臓移植をした人が、何故か提供してくれた人の記憶を有する場合があります。知る由もないことを知るのです。 これは普通のことで、記憶しているのは細胞なので、心臓の細胞が家族の記憶やすべての記憶を他の細胞と共有しているからです。 暇つぶしになったでしょうか?

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質問者2023/4/15 19:58

回答ありがとうございます >だから我々の認知する現実というのは常に半歩遅い過去の現実ということになります。文字通り現在の現実ではありません。 > 脳は現実を創りません。認知し記憶し分析するだけです。 人間の見ている白が、他の動物には違う色に見えるように、現実(過去の)をそのまま目に写すのではなく、そもそも人によって見てる現実は異なりませんか? 私たち人間の脳の造りがほぼ100パーセント同じだから多分見えている現実に差異を感じないだけで… でも、クオリアは他人にわかってもらうことが出来ないため、ほんとうに同じ現実を見ているかなんて言いきれないです。 なので、「私」の見てる現実は私の「脳」が創りだしてると考えました。 細胞一つ一つに精神が内包されているという解釈は確かになと思いました。 ここでいう精神とは意識のことですか?

遠近両用のコンタクトレンズがあるのを知っていますか?コンタクトレンズに渦巻き状に近視用のレンズと老眼用のレンズを入れてあるんです。網膜上では渦巻き状にピントが合う事になるんですが、脳は勝手にピントが合った部分とピントが合ってない部分から画像を作り出して近くも遠くも見えるようになるんです。 私のイメージとしては脳に小部屋があって「自我」君がそこにいるんです。部屋には窓は無く、モニターやスピーカーがあって外の状態を見たり聞いたり出来るようになってる。だけどモニターもスピーカーも「自我」君が見たいと思う物、聞きたいと思う音だけを拾って見たり聞いたり出来るようになってるんですよ。例えば、外を歩いている時、学校や会社に行くためにただ歩いてる状態であれば周りの景色は「見てはいるけど感じない」、雑音と同じ扱いになるんです。周りの音も単なる雑音。その中で特に気を引く何かが無ければ「聞いてはいるけど聞こえない」んです。 人間には様々な臓器があって、感覚器官もあれば各種の筋肉もある。個体として統一の取れた行動をする為には全体を統括する「自我」が必要になるわけです。だけど「自我」は必要な事だけを認識した方が良い。個体としての行動をするために必要な部分だけをピックアップして認識したい。そのために「本能」君や「経験」君たちが必要な部分だけをピックアップして「自我」君に見せたり聞かせたりしてる。そんなイメージじゃないかな? 写真写りの良い人と悪い人っていますよね。多分写真は嘘ついてないと思うんですよ。写真写りの良い人は本当に見た目の良い人だと思うんです。じゃあ写真写りの悪い人は?実際の見た目以外に魅力のある人なんじゃ無いでしょうか?写真ではその魅力が伝わらない。だから実際に会うと魅力を感じるけど写真で見ると「・・・」って感じになる。それは脳が作り上げた虚像でもあると思うんです。

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質問者2023/4/15 20:01

確かに…! 「自我」というものが存在していたらそれで説明がつきますね、 TK-Oneさんは自我とは何か、どこにあると思いますか?

①目からリアルタイムエンコードをして脳みそで今現在を直接処理するパターンと ②脳みそにHDD的に保存されたデータを再生して記憶の呼び起こしの動画再生をしてると考えたらある程度辻褄は合います。 ただ、シナプスの話は1001010011010111(電気信号)みたいに人の言葉じゃない形式っぽいので分かりません。 もしかしたら人も10011みたいに話が出来たらコンピュータとも会話が出来るかも知れませんが。 そして②は恐らく、データベースを脳みそ自体で再生するから、目にデータを戻す必要は無いと思われます。

面白そうなので参入します。 >電気信号としてしか情報は伝わらないので補完した画像も元は情報ですよね、>ということは情報をどうやって画像にするのですか? 養老さんの初期の書き物に「唯脳論」がありまして、ここに網膜に映ったなま映像を脳がどうやって映像=現実 として認識するのかということが書かれてありますが、なかなか難解です。単に網膜で捉えた点の座表情報がそのままTV画面の座標のように脳のすくりーんに直接反映されるというようなことではなく、いったん抽象化、と言うより言語化、氏の言葉では幾何学的な認識をして、公理のようなもので脳内に理解されるということです。 ズームしたり、コマ送りを本当に動くような認識をしたりということが其れで可能になるということです。 結構面倒ですが、やはり脳は意識というものを機能としてフルに使っているということでしょうかね。 >これは処理した情報を再構築して目に見せてるってことですか(? これは正しい理解だと思います。

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質問者2023/4/15 20:06

回答ありがとうございます > 幾何学的な認識をして、公理のようなもので脳内に理解されるということ それをどのように脳は理解して、外に広がる現実として目にみせているのですか?

「現実」とは人間の五感と認知が生み出す0と1の仮想世界に過ぎません。人間が認識できないものは「無い」、人間が認識できるものは「有る」。何も無い空間にも無数の1(物質)が存在しています。本当に何もない空間0(現実)を人間は認識できないのです(0の証明=神)。

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