回答(3件)
主メンバーのちょっと後輩的な年齢で当時もリアルタイムで知る感じです。 まず『良くも悪くも目立っていた』インディーズ時代のブレイク前、Xは【下手くそなお化粧バンド】として、そしてYOSHIKIの自由の女神っぽい独特のヘアースタイルで【客はいないが目立つ】バンドでした。 流れが変わったのは、Jun (G )HiKARu (B)の4人編成時。 後に脱退しロンメルを結成する竿隊が加入。 この竿隊の2人、当時のXには不釣り合いな実力者で見栄えも悪くない。 メンバーがコロコロ変わるXがこのタイミングででシングルをリリースしインディーズでは注目されるポジションに一気に駆け上がります。 元気が出るTVとか最初はこの頃だったはず。 Toshlの『気合いを入れろ』というMCが笑いのツボにされていました。 でも、正直なところ集客はイマイチでした。 結局、YOSHIKIとソリが合わず竿隊の2人が脱退。 迷走を始めたタイミングでバンドに奇跡が起こります。 当時超人気だったサーベルタイガーが「このメンバーが変わったら解散する」と公言していたHIDEが哲(Drs)がメジャーに行くデランジェに引き抜かれ、電撃解散→引退の予定で皆に挨拶回りをした際にYOSHIKIが「HIDEちゃん、オレに命預けてくれ」的な説得でHIDEが加入。 HIDE加入はネットのない当時でもライブハウスシーンでは大ニュースで、私も当時、目黒鹿鳴館に観に行きました。 当時50〜60人がMaxだったイメージのXがHIDE効果で180人集客していました。 ここからは有名ですが、インディーズで人気を得たX。 当然だがメジャー行きの話になりますが、集客力やTV効果もあり、最も有名なインディーズバンドになったことでPR費など超大型の契約までYOSHIKIが導きます。 これが紅のヒットを生みます。 静かに始まる曲調、元々は英詞だったのに日本詞に変更。HIDEの個性全開のギターソロ。本当はXを小馬鹿にする象徴だったはずの曲が日本屈指の知られるヘビメタ曲になります。 ここからは得た利益で必要異常なPR。 大手新聞朝刊に広告出したり、前例のないことをYOSHIKI主導で仕掛けます。 前例がないんだから話題になりまくりです。 デビューメンバーのXは曲の土台はYOSHIKIが作り、HIDEとTAIJIが肉付けするというある意味で最高の化学変化を生むチームだったこともあるでしょう。 センスの塊HIDEと屈指の技術者TAIJIとHIDEをサポートする渋い縁の下の力持ちPATA。 バンドとして理想的なバランスだったこともあるでしょう。 社会現象になったのは運も含め『全てが整ったから』と言えると思います。 逆に言えばバランスの崩れた今は【もう終わった】ということです。
NEW! この回答はいかがでしたか? リアクションしてみよう