邪馬台国九州説が正しかった場合邪馬台国、卑弥呼は日本の歴史にさほど重要ではない、土蜘蛛の1つという解釈になりますか? 東遷説、九州王朝説は考古学上不可能では?

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いいえ、「邪馬台国九州説」には2種類あります。 「邪馬台国」の説は↓以下の3種類である。 ---------------------------------------------------- ①「邪馬台国」の「畿内説」(「邪馬台国」→「大和朝廷」となった) ②「邪馬台国」の「九州説」(「畿内」に引っ越して「大和朝廷」となった) ③「邪馬台国」の「九州説」(「邪馬台国」と「大和朝廷」とは別関係) ---------------------------------------------------- 【邪馬台国「九州説」の代表者】 ↓吉野ケ里石棺墓 埋葬人物は謎 「よみがえってほしくない人」【2023/6/30 毎日新聞】 https://mainichi.jp/articles/20230630/k00/00m/040/066000c ↑邪馬台国はあくまでも「政治都市」であり、卑弥呼を含め、王たちは亡くなると、それぞれの出身地に戻って埋葬されたのではないか。 「邪馬台国」の「畿内説」「九州説」どちらか、決着はまだついてはいませんが、「主要メディア」「考古学会」は、奈良県桜井市付近の纏向遺跡を「最有力候補」として報道しています。 そうなると、↓以下がすんなりと推測ができます。 邪馬台国---->ヤマト王権---->大和朝廷 奈良県桜井市付近の纏向(まきむく)遺跡がいちばん有力だと考えている考古学者の方が、それは違うと考えている考古学者よりも多いという事は「100%」間違いがないという事になります。 「畿内説」を取るか、「九州説」をとるかは(現時点では)研究者の自由だが、「全国の考古学者」がどちらの支持が多いかという「事実」に関して「嘘」を言えば、それは「虚偽」となります。 ↓「古墳の大家」が語る「邪馬台国」最新学説【2023.07.23 集英社】 https://shueisha.online/culture/148594 ↑「国立歴史民俗博物館」略して「歴博」である、つまり「歴博」という肩書を背負っての発言は「責任ある発言」となる。 ------------------------------- 考古学者の間では、奈良県桜井市付近の纏向(まきむく)遺跡がいちばん有力とされています。 ------------------------------- 「根拠」もなく↑このような発言をすれば「歴博」が責任を問われるのです、しかし↑この発言に関して非難されていないことから ------------------------------- (全国の)考古学者の間では、奈良県桜井市付近の纏向(まきむく)遺跡がいちばん有力とされています。 ------------------------------- については「100%」間違いがないということになります。これは「畿内説」「九州説」のどちらが正解かということとは別問題となります。 そして日本の「有力メディア」は、全て「奈良県桜井市・纒向遺跡」を「邪馬台国の有力候補地」として報道しています。 ↓最新の記事より ↓卑弥呼も悩まされた? 世界最古のチャバネゴキブリが奈良の遺跡から【2023年10月11日 朝日新聞】 https://www.asahi.com/articles/ASRBC62H9RBCPOMB00K.html ↑奈良女子大学と大阪市立自然史博物館の研究チームは11日、奈良県桜井市・纒向(まきむく)遺跡の3世紀後半(古墳時代前期前半)の遺構から、チャバネゴキブリの体の一部が出土したと発表した。纒向遺跡は女王・卑弥呼がいた邪馬台国の有力候補地。247年前後に亡くなったとされる卑弥呼も現代人と同様に悩まされていたかもしれない(←朝日新聞より)。 ↓奈良の遺跡の土からチャバネゴキブリの一部を発見、古墳時代から日本に生息か…邪馬台国の有力候補地【2023/10/11 読売新聞】 https://www.yomiuri.co.jp/science/20231011-OYT1T50217/ ↑邪馬台国の有力候補地とされる 纒向まきむく 遺跡(奈良県桜井市)で採取された古墳時代(3世紀後半)の土から、家の中などで見られるチャバネゴキブリ(体長約1・5センチ)の体の一部を発見したと、奈良女子大と大阪市立自然史博物館のチームが11日発表した(←読売新聞より)。 ↓奈良・纒向遺跡でチャバネゴキブリの一部検出 世界最古の可能性【2023/10/11 毎日新聞】 https://mainichi.jp/articles/20231011/k00/00m/040/337000c ↑奈良女子大と大阪市立自然史博物館の研究チームは11日、邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、古墳時代前期(3世紀後半)の土層から、チャバネゴキブリの体の一部を検出したと発表した。チャバネゴキブリの発見例としては世界最古となる可能性があるという。世界各地に生息するゴキブリの起源を探る手がかりになりそうだ(←毎日新聞より)。 ↑★毎日新聞は「最有力候補地」と報道。 ↑★チャバネゴキブリがいたからといってそれが「邪馬台国」である証拠ではありませんが、それ以前の段階において、日本の「有力メディア」のすべてが「奈良県桜井市の纒向遺跡」が「邪馬台国の有力候補地」と認識し、そして「邪馬台国の有力候補地」からチャバネゴキブリが発見されたと報じているのです。 ちなみに「卑弥呼」を否定し、何とかして「神武天皇と記紀」を擁護したい人達は、おおよそ↓以下に示す「4つのパターン」の論理を取っているようです。 まず「邪馬台国」の説は↓以下の3種類である。 ---------------------------------------------------- ①「邪馬台国」の「畿内説」(「邪馬台国」→「大和朝廷」となった) ②「邪馬台国」の「九州説」(「畿内」に引っ越して「大和朝廷」となった) ③「邪馬台国」の「九州説」(「邪馬台国」と「大和朝廷」とは別関係) ---------------------------------------------------- 【パターン1】まず「三国志(魏志倭人伝)」は「ウソ話」だという事にする。 【パターン2】↑上記「③」の論理で「邪馬台国」は「九州」にあったが「ヤマト」に滅ぼされた事にする。 【パターン3】↑上記「①or②」だが「卑弥呼」は「女王」ではなく、第7代孝霊天皇の皇女倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)が、魏志倭人伝に於ける卑弥呼の事であり、卑弥呼を補佐して政治を行っていた弟と云うのが、第10代崇神天皇だという事にする。 【パターン4】↑上記「①or②」だが「卑弥呼」は「神功皇后」だという事にする。 「天皇家」と血が繋がっていない「倭国連合(邪馬台国連合)」の「女王」が日本を支配していたなんて書いたら「天皇家」の威厳を損なうため、今でも「神武天皇と記紀」を擁護したい人達が大勢、「卑弥呼」と「邪馬台国」を否定しようと必死に「屁理屈」をこねています。 考古学者の間では、奈良県桜井市付近の纏向(まきむく)遺跡がいちばん有力とされています。(←2023.07.23 国立歴史民俗博物館 松木武彦教授) ↓国立歴史民俗博物館 松木武彦教授

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現時点における「邪馬台国」の最有力候補地は「奈良県桜井市付近の纏向遺跡」であり、「卑弥呼の墓」の最有力候補地は「奈良県桜井市の箸墓古墳」となります。 「箸墓古墳」=現在のところ被葬者不明の古墳であり、「倭迹迹日百襲姫命の墓」は「誤り」の可能性大 ※「箸墓古墳」については、宮内庁の「発掘許可」が下りて、いよいよ発掘調査が開始されました。

天孫降臨の地が宮崎であることは明らかなので、東遷はどこかの時点であったことになります。 ただ、邪馬台国は関係無いかもしれません。

>邪馬台国九州説が正しかった場合邪馬台国、卑弥呼は日本の歴史にさほど重要ではない、土蜘蛛の1つという解釈になりますか? 土蜘蛛は卑弥呼ではありません。 卑弥呼は邪馬台国滅亡時はすでに亡くなっていましたので。 百歩譲って、あくまでも記紀の記述が正しいとならば、壱与もしくは、その後の王という事になりますね。 (実際は、倭の五王期もしくは祖とされる人物により邪馬台国は滅亡しました) >東遷説、九州王朝説は考古学上不可能では? 学術的及び考古学的物証においても、東遷説、九州王朝説は架空であり、不可能ですね。