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阿蘇の外輪山はどうしてあんなに大きいのでしょうか。

補足

標高4000~5000メートル位はあったのかも・・・。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

やはり 標高は少なくとも9000mから12000mくらいにはなると考えられます と思うほうが楽しいですね。

お礼日時:2009/11/8 21:09

その他の回答(1件)

阿蘇山の元の形が富士山のような円錐形の山だと考えて4~5千mといっているのだと思いますが,元はなだらかな山体だったと推定されていると思います. 今の中央火口丘は千五・六百mの高さですが,外輪山の形を延長して推定すると,せいぜい千六・七百mだったと思われます. 阿蘇山はAso-4という4回目の大噴火でできました.Aso-4は巨大な火砕流を伴う活動で,山体を吹き飛ばし,火砕流が野を越え山を越えて九州北部全域に広がるような大噴火をして,その際に吹き飛んでできたものです.したがって,噴火のあとに陥没してできた陥没カルデラではありません.