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寛永通宝だと思うのですが、裏には文字ではなく曲線の模様が書かれています。これ...

redman19411208さん

2010/1/419:04:47

寛永通宝だと思うのですが、裏には文字ではなく曲線の模様が書かれています。これはどういう意味があるのですか?有識者の方宜しくお願いいたします。

補足回答者さんたちの博識には頭がさがります。ありがとうございます。もう一つお聞きしたいのですが、他に裏に文の文字と何も書いてないのが持っていますが、どのようなものなのでしょうか?あと古銭専門店で15万から30万で買い取りしているたしか「島文字」という寛永通宝とはどのようなものなのでしょうか?

寛永通宝,寛文,有識者,波銭,曲線,文銭,鋳造年代

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2010/1/623:03:48

波銭には二十一波と十一波があります。
波形が刻まれているものが四文、刻まれていないものが一文として区別されていました。


補足
「島文字」ではなく「島屋文」のことだと思います。
寛文8年(1668年)江戸葛飾郡亀戸村において幕府直轄で鋳造されたのが始まりと云われています。
背に文の一文字を置くことから「文銭」とも言われており、背文の字は面の寛字とあわせて寛文の元号を現しているとされています。
島屋文は文銭の王者と云われており、「通」頭がユの形になり、通字仰ぎ、寶字が俯すのが特徴です。文字、銭径とも大きく彫りも深く端整なものが多いです。
私も長年探していますが、本物を見たことがありません。ドラム缶1本分の文銭を探しても見つからないくらい希少です。

波銭には二十一波と十一波があります。...

質問した人からのコメント

2010/1/12 00:44:26

降参 写真を掲載していただき、誠に丁寧な回答ありがとうございます。島屋文一度見てみたいものですね。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ludorfiaさん

編集あり2010/1/622:20:16

寛永通宝の中でも、『波銭(なみせん)』と呼ばれるものですね。18世紀の後半から鋳造され始めたもので、1枚の価値は4文とされていました。幕末の頃には、インフレの影響もあって、1枚12文として流通していたようです。

ちなみに寛永通宝の初鋳は1636年(官営13年)で、1文貨幣として作られました。

背面に文字がないものは、一般的な一文銭ですね。ただ、この情報だけでは鋳造年代などはわかりません。字体や縁の幅などから、鋳造年代を判断できるそうです。「文」字銭は、寛文年間に鋳造されたもので、表の「寛」と合わせて「寛文」という意味になります。
寛永通宝自体は、江戸時代を通じて鋳造され、銅銭、真鍮銭、鉄銭という素材の差、鋳造された地域の違いなどによって百以上の種類があるとされています。背面の文字についても、年号や鋳造場所を表す文字などを入れており、「佐・元・小・長・正・三(他にも多数)」があります(全部でどれだけあるかは知りません)。お尋ねの「島」については私は知識がありませんが、その背面文字をもつ寛永通宝は、非常に少数しか鋳造されていないのでしょうね。

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