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室生犀星の「ふるさと」について教えてください

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ID非公開さん

2010/1/2615:18:34

室生犀星の「ふるさと」について教えてください

「ふるさと」
雪あたたかく とけにけり
しとしとしとと 融けゆけり
ひとり つつしみふかく やわらかく
木の芽に息を ふきかけて
もえよ 木の芽の うすみどり
もえよ 木の芽の うすみどり


こちらの詩の解釈などについて、なんでも良いので教えてください。

とくに、最初の行の「とけにけり」と、2行目の「融けゆけり」の違いは
どのようにとらえればよいのでしょうか?
少し調べたら、
とけにけり →とけ・に・けり→溶けてしまった。
融けゆけり →融け・ゆけ・り→融けて流れてしまった

というふうに違うと聞きましたが、「溶け」と「融け」を使い分けた理由も
よくわかりません。(>_<)

宜しくお願い致します。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kam********さん

2010/1/2713:50:20

詩というのは、そういう深い所にまで、自分の追求を進めていくといいと思います。
詩人が、その言葉を綴るにあたり、どれほどの苦悩を味わうのか。それで、苦悩ということは、己の魂から直に絞り出したということです。
現代語では同じ意味であっても、それを使い分けるということは、また違う概念、思想をそこに込めているということです。
で、解釈ですが、
まず、この題にあるように、室生犀星が自分の故郷というものを謳いあげた詩ですね。犀星にとって、
この故郷とは、春のイメージということです。雪に閉ざされた世界が、寒さに凍えた日々が、春の訪れにより、柔らかく温かいものとなる。犀星の故郷は石川県です。今でも日本有数の豪雪地帯として有名ですね。その石川県の故郷を思い、謳ったのです。
「雪あたたかく とけにけり」
これは春になり、雪がとけていく様ですが、ここで「雪あたたかく」という表現ですね。雪は寒さの、
自分達を凍えさせるものです。それがあたたかいとはどういうことか。
人生は苦難の連続ですが、その苦難を乗り越えた時、苦難はすでに苦難ではなくなる。苦しいこと、悲しいこと、嫌なことも、乗り越えた時には、何でもなかったこと、いえむしろ自分の生命を燃焼させたいい思い出というものになるんです。
そういう人間の心情ですね。雪は冷たいものに決まっていますが、春になり、これから温かく美しい季節になることを感じると、その雪ですら何かあたたかなものになる。そして雪そのものがその希望によりとけていくように見えると。
「しとしとしとと 融けゆけり」
これはさらにその雪のとけゆく様を謳っています。しとしとという表現は、一つは「しずしずと」という意味と、もう一つは上から落ちて来るものへの表現です。どちらでもいいとは思いますが、私は3行目との関連で、前者の意味で解します。
これは雪がゆっくりととけていく様であり、つまり、今まで雪であったものが、徐々に別なものに変わって行く情景です。
一応「落ちて来る」の意味で解せば、恐らく犀星は屋根に乗った雪を見ているのでしょう。
屋根、自分達を雨や雪から守ってくれるもの。その屋根は冬の間中、思い雪を背負って守り続けてくれた。やっとその屋根が春になって重みから解放されようとしている。とけた水が下へ落ちて来ている。
それは、融けてゆくと。ここで問題の「融ける」という文字を使っているわけですが、そうすれば1行目の「とける」はただ単に雪が温度変化で水に変化していることであり、2行目の「融ける」はまた別な表現であることがわかります。
では「融ける」とはどういうことか、ですね。「融」という字は鼎()から虫が出て来るように蒸気が立ち上ることが本来の意味です。鼎とは今は見ませんが、足が3本ついて、煮炊きに使う金属製の器です。これから、通る、とけるという意味ですが、それは非常にささやかな状態で、という意味です。それで、あまりにささやかな、ゆっくりとした変化なので、たちまち何者かの中に隠れてしまうという意味もこもっています。「融合」という言葉の意味ですね。
では何に入って行くのかというのが、以降の行です。まあ、前後してしまうのですが、1行目でただとけるとしたのは無機質の雪であり、詩人はそれを眺めている間に、雪が命を持つものであると気付いたわけです。
「ひとり つつしみふかく やわらかく」
この4行目でその雪が生命を持っているもののように詩人は感じています。
ひとりとは、雪というものが全体で一つの命であるということ。冬の間は、まるで命を閉じ込めるような存在であったものが、春になり、ゆっくりと融けて行くのを見ると、それがまるで一つの命であったことがわかったと。
しかもその命はそれまでの力で我々を閉じ込めているようなものではないと。慎み深く、さらに柔らかく優しげなものであったと。
「木の芽に息を ふきかけて」
3行目で融けるとし、何者かへ入るとはどこへ入るのか。それは植物の中であると。雪という命が植物の中に入り、植物の命の息吹きである木の芽を出すのを助けるのだと。
我々生命は、全て他の生命を取り込んで生きています。要は雪というのも命であったことを示しているのです。
「もえよ 木の芽の うすみどり
もえよ 木の芽の うすみどり」
その命から命へ受け継がれていく様を、詩人は讃え、ことほいでいると。しかもうすみどり、というのがいいですね。ほのかな命の輝きであるということですね。おしつけがましくもなく、他を圧することもなく、ほのかに輝いている。
こんな感じですかね。

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質問した人からのコメント

2010/1/31 17:39:47

降参 ご回答ありがとうございました。
とてもわかりやすく、丁寧なご回答をいただき、室生犀星にも、ますます興味がでてきました。とても参考になりました。またよろしくお願い致します!

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