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顕正会が主張する「国立戒壇」について

izu********さん

2010/4/319:55:36

顕正会が主張する「国立戒壇」について

顕正会に入会している友人が、三大秘法抄の一節「戒壇とは、王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か」を根拠に、「国立戒壇」の実現を主張しています。

しかし、本当に「仏法」と「王法」の制度上の一体化が、戒壇建設の必須条件になるのでしょうか?
常識的に考えれば、日本国民の大勢が日蓮大聖人の仏法を信仰したのなら、制度上の一体化などしなくても、自然に「王仏冥合」は実現するはずです(今の政治制度なら)。

しかも、現在は国民主権の時代であり、天皇陛下が信心をしたとしても、それが広宣流布とは関係ないと思います。

そもそも上記引用の一節も、最後は「か」となっており「未確定の推量」を意味します。つまり、断定ではないのです。

他にも、まだまだありますが、戒壇建設に、仏法と政治の制度上の一体化が本当に必要かどうかについて、創価学会、および顕正会、日蓮正宗の関係者の方々からの回答をお待ちしています。

補足☆tereyさんへ
「国立戒壇」が可能かどうかと質問しているのではないのです。
御書に照らして、顕正会が主張するところの「国立戒壇」が正しいのか、間違っているのかを問うているのです。

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num********さん

編集あり2010/4/416:16:51

「国立戒壇」というのは田中智学が言い出したことで御書にないことは言うまでもありません。また「王仏冥合」の冥の字は「表面(=顕)」ではなく「奥深い次元」、「精神、哲学の上での合致」をいうのだから、仏法と政治の制度上の一体化は必要ないと思います。そうでないと冥の字をわざわざ入れる必要がない。

また仏法では、ずいほうびに(随方毘尼)といって国土や時代に合わせる必要があると説くのですから、国民主権の時代に合わすべきでしょう。

質問した人からのコメント

2010/4/8 23:48:33

成功 「冥」という字の解釈が参考になりました。ありがとうございました。

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ich********さん

2010/4/517:55:42

日蓮正宗信徒です。

>常識的に考えれば、日本国民の大勢が日蓮大聖人の仏法を信仰したのなら、制度上の一体化などしなくても、自然に「王仏冥合」は実現するはずです(今の政治制度なら)。

現時点における見解はそうとも言えます。
しかし広宣流布における事相のことですから、実際にその時になってみないと明らかにはなりません。未来の事ですから。
その事相については、時の御法主上人猊下が御裁可なされることでありますから、今現在我々信徒が軽々に云々する事ではありません。

浅井もあろうことか御書を我見により曲解し自身の主張を好き勝手に述べておりますが、どんなに主張しようが一大秘法たる御戒壇様から離れては広宣流布も有名無実です。彼らの主張などその一点で崩れ去るのです。

ter********さん

編集あり2010/4/414:12:58

浅井さんの頭の中では国立戒壇可能なんでしょうが、国会承認が必要な今、困難ではないでしょうか、むろん、ご書のどこにあるかは知らないです。戒壇信仰からして日蓮が墨に染め流して書いた本尊あってこそのものですから、論外でしょう

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