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ニーチェの「愛からなされることは、いつも善悪の彼岸でおこる。」の意味内容

mishnさん

2010/5/210:41:36

ニーチェの「愛からなされることは、いつも善悪の彼岸でおこる。」の意味内容

ニーチェの、
愛からなされることは、いつも善悪の彼岸でおこる。
(『善悪の彼岸』第4章「箴言と間奏曲」の153全文)
の意味を、教えて下さい。
(「善悪の彼岸」の「善悪」は、ニーチェが批判がしたキリスト教で言う善悪(忍従や神への愛といった道徳や価値)のこと、「愛からなされること」は、キリスト教の教えとは関係の無い人間の側の日常の自然な周りのものへの愛の行為のこと、と捉えてよいのでしょうか?)

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ベストアンサーに選ばれた回答

bur********さん

2010/5/217:33:22

質問者のおっしゃるとおり、〈キリスト教的な愛〉とその根拠としての〈善悪〉が、〈本来の愛〉と対置されているのだと思います。

善悪自体が、特定の人間・集団の依拠する相対的な基準に過ぎない以上、〈本来の愛〉をそれによって根拠づけるのは間違いで、そんなことをすれば愛は、特定の者たちのよる特定の人たちへの愛に限定されてしまいます。キリスト教的な―自称―普遍愛が、実は欺瞞であると告発しているともとれます。もちろん、アフォリズムなので、読み手がかなり深読みしなければなりませんが、裏を返せば、それがアフォリズムを読む醍醐味でもあります。

質問した人からのコメント

2010/5/2 21:15:56

回答、ありがとうございます。 参考になりました。

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