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ご意見をください

pli********さん

2010/5/1211:38:17

ご意見をください

カンボジアの世界遺産【アンコール遺跡】はユネスコの世界遺産にもなっていますが・・・

先日、NHKの世界遺産の特集では、遺跡の周りでは貧しさから学校にも通えない4歳~18歳までの子供たちが観光客相手に物を売ってました
そうして家計を助けていますが

そして、子供達から場所代(ショバダイ)を2~3ドル取る警官

そんな環境のアンコール遺跡は、世界遺産に値するのでしょうか?
ましてユネス世界遺産とは・・・

とても矛盾を感じました

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ベストアンサーに選ばれた回答

r1986a02さん

2010/5/1216:32:57

貧しい国ですから当たり前です。
普通ですよ。
名前の響きが良い、イタリアの遺跡だって貧しい子供たちがスリをして生きています。
生きるためなら、何でもしないと。

ベストアンサー以外の回答

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mi_********さん

2010/5/1216:06:52

アンコール遺跡はすばらしい世界遺産です。
一度足を運び、自分の目で見て、素晴らしさを感じて下さい。

カンボジアは、まだまだ発展途上国です。
以前数年カンボジアに住んでいましたので、事情はよくわかります。
日本では考えられない事が毎日起こっています。
それでも、子供達をはじめ、皆一生懸命生きているのです。
日本でも大昔は似た様な状態でした。

そんな環境だからこそ、よけいにユネスコの力が必要なのではないでしょうか。
アンコール遺跡はカンボジアだけではなく、世界人類の大切な遺産です。
守っていかなければ、いずれは崩れ去ってしまいます。

カンボジアの環境も、世界各国や日本の援助も入り少しずつではありますが良くなってきています。
眉をひそめるだけでなく、自分の出来ることで応援してあげて下さい。
そして少しでも早く、あなたのおっしゃる世界遺産の環境に近づけることを願っています。

写真はアンコールワットと小学校の元気な子供達です。

アンコール遺跡はすばらしい世界遺産です。
一度足を運び、自分の目で見て、素晴らしさを感じて下さい。...

not********さん

2010/5/1215:29:40

人間を、だまし、貶め、傷つけ、悪いコトをした(良いコトも確かに在る)人間の歴史がその人間が築き揚げたモノがナニに値する、、。か。
人間が、その歴史が、人間の生きると言う経験が創ったモノに、その歴史の上に在る人間がソノモノに価値を与えた。それが世界遺産だと言うコトができるのであれば、何の問題も無いのではないかと考えます。

世界遺産、とは世界に私たちににとって、それはナニで、それはどんな組織、人間、条件、等によって価値が与えられるのかは知りませんが、。
私たちが、飛んでいる鳥を観る時、その背景を見落としがちです、鳥は観ますがその背景である空を観おとしがちなモノです。
そこにいる、子供たち、と、警官は世界遺産ではなく、背景と考える、または、観ると言うことができます。つまり子供と警官は世界遺産ではないと言うコトができます。
しかし、そこに訪れる人間は世界遺産とそれらの人間との関係も目に映り観ると言うことにはなりますが。
それが、世界遺産であるところに、子供と警官の嫌な姿がある、だが、その警官、子供、の存在を創り上げた歴史とその世界遺産を創った歴史は実は同じモノではないか、。
過去の人間たちがあるモノを造った、それを、現在の人間が世界遺産とした、その世界遺産が子供たちと警官を作った、みんな人間の歴史が創りだしたモノに他なりません。
問題は、そのコトを、どのように捉え、どう理解し、どう行動するか、だと考えます。
これは世界遺産そのモノではなく、世界遺産の背景であると捉えるのか、これが人間の歴史だと理解するのか、これでは世界遺産に値しないと具体的な行動をとるのか、、。
矛盾を感じたと言いますが、何と何が矛盾するのでしょうか、、、。
世界遺産の条件に子供たちと警官との関係が矛盾するのでしょうか。
であるのなら、世界遺産のない別の所での子供たちと警官の関係てあったなら矛盾はないのでしょうか、子供たちと警官との関係を超える悪い関係は人間が築いてきたこの世界(社会)のいたる所に在ります。
そこ、で生きる子供、人間には、そこ、で生きる術を身につけます、そこで生きる人間はそれが世界遺産であるかどうかを問いません、そこに暮らす人間自身が世界遺産と決めた訳でもありません、彼らの歴史はそこで始まり今も歴史は創られいるのです。
世界遺産と言うモノがあるから彼らの生活が成り立つとも考えられますが、そうでないとも言えます。
もう一つ、彼らの生活、その歴史の中に世界遺産と言うモノが割り込んできたとも言えます。世界遺産と言う名がつかなければ、彼らにとっては自分たちの歴史建造物の一部分にすぎなかったのかも知れません。
世界遺産の背景と、そこに暮らす人間の生活のどちらが私たちにとって重要かと言う問いはあっては良いと思いますが、そこに触れない理由はどこに在るのでしょう。
その理由はあまりにも単純なモノだからではないでしょうか、。
彼らと、世界遺産との関係に矛盾があるとは思えないし。
彼らが、その世界遺産付近から居なくなったとしても矛盾が解消されたとは思えません、むしろそこに矛盾なる人間の矛盾を感じます。
はじめに書いたコトを含め、「世界遺産」とは何たるかを一度聞いてみたいし、その答えが楽しみでもあります。

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