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日本史の謎1 (たくさん疑問があるので、シリーズ化します。) 縄文時代に土器...

b1k********さん

2010/6/418:49:06

日本史の謎1
(たくさん疑問があるので、シリーズ化します。)

縄文時代に土器が出現しますが、粘土を焼いたら硬くなるなんて、 彼らはどういう偶然から発見したのでしょうか?

ましてや言葉がない時代に、
「ちょっとこれ焼いてみない?」なんて話し合いもできないでしょうし。

やっぱり、意図的にというよりは偶然発見したのでしょうか?

しかもドングリのあく抜きとか、煮たらあくが抜けるなんてどうやって発見したんでしょうか。
それに、あくなんていう物が存在することをどうやって発見したんでしょうか。

推測でもいいので、歴史に精通している方回答お願いします。

※縄文人じゃないから分からない とか、縄文人に聞け!という回答はやめてください。

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

ous********さん

2010/6/422:54:48

すでに皆さんが回答されている通り、ことばは発達しています、これによって個人・集団間の情報伝達、親から子への獲得した知識の相続がありました。土器の発明は、大変な大発明で、人間の文明の開始にあたります。どこで誰がどうやって発明したかは、もちろんわかりませんから推測しかないでしょう。土器は、日本列島では北から南へと伝来したといわれています。寒い地域で発明されたというのが一つのヒントでしょう。私は「たき火」が大きいと思います。これは毎日必ず繰り返し行う仕事で、ここからものを焼くことに習熟し、いろいろ応用されたと思います、石や土で周りを囲んで中で木などを燃やします。まわりの土は硬く締まっていきます。ここから土の器が生まれていったと推定します。また中に溶ける石が出てきて、銅や鉄の利用につながった(これは日本では発明されなかったが)と思われます。土器の使用は主に煮炊き用です、煮炊きの必要性から、土器の発明があったのか、その逆かはわかりません。

質問した人からのコメント

2010/6/10 23:01:18

降参 みなさま真摯に答えて下さったので、大変迷いましたが…

土器が北から南へ伝わり、「たき火」によって土を焼くと固くなることを発見した と言う説に「なるほど!」と合点が行きました。
ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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fru********さん

編集あり2010/6/1000:33:57

縄文人は現代人と同じホモサピエンスなので声帯を持っていますから、確実に言葉を話していた筈です。
粘土を焼いたらナゼ堅くなるか・・・・山火事によって焼き固められた粘土を見て知ったのではないでしょうか。
まぁ、発見は偶然だったと思います。
因みに、古代人は我々が思っている以上に賢いです。
狩りや採集をしていたので、生物や植物の性質、地形、気候、星の運行、等々多くの知識を持っていたと思います。
それらは偶然発見したり、いろいろ試みてみたりして蓄積された知識だと思います。
おそらく、縄文人は質問者様よりも知能指数は高かったと思います。

oos********さん

2010/6/820:55:42

最古の土器は中国で発見されています。約2万年前の最終氷河期という時代です。しかも発見された場所は森林地帯に重なっているということが重要です。

その頃は、ほぼ定住生活が始まった頃と一致します。土器の発見が定住生活を可能にさせたと言い換えることもできます。

つまり、気候変動による植生の変化、海水面の上昇による陸地の変化が定住生活へとつながってきます。土器はそれらの定住生活を行うために必要な手段として、生み出されたもの。偶然の発見というよりも、定住生活するために食料を保存する方法はないかと人類が考え発見されたものであると考えることができます。

粘土が何らかの方法で熱を与えれば固まるというのは、自然現象を長年観察していれば分かる次元ですが、それを何かに生かすためには、それをどのような目的で利用できるのかという可能性思考があって初めて発見されるのだと思います。

尚、その後の煮炊きやアク抜き利用に関する詳しい記事がありますので、是非、参照下さい。

http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2008/01/000421.html 「土器の起源を探る」
http://www.jiid.or.jp/files/04public/02ardec/ardec29/key_note3.htm 「長江流域における世界最古の稲作農業」

mek********さん

2010/6/419:16:31

文字は無いけど、話し言葉はあります。原始人じゃないのですよ、縄文人は。馬鹿にしてはいけません。抽象的な語彙は乏しかったかも知れませんが、それなりに意思疎通は当然していたのです。科学というほどのものはありませんが、日常的な問題について試行錯誤的に解決策を見つけようと取り組んでいたのです。それなりの生活の知恵はあるのです。いろいろ工夫してやるだけのことはやってみたのだ。そういう知恵のある人が集団のリーダーとして敬われたのです。

gra********さん

編集あり2010/6/610:24:04

不満な回答かもしれませんが縄文人がどうやって土器を作る技術を習得したかは厳密には不明です。
理由としては縄文土器というのは紀元前14500年以前からあったようなので世界最古ということになり出土状況も氷河期が終わるのと同時期にすでに出現しますので。
但し言葉はあったと思いますし生活レベルも古墳時代とさほど差が無いのでもし原始人のようなイメージなら間違いなので。
多分火を使うのは200万年前の原人時代にすでに覚えていたでしょう。その後100万年以上あるので発見するのには十分すぎる時間があるし原人時代から簡単な言葉の意思疎通はあったと推測されていますので。
文字が無いから後進文化というのはかなりの偏見であり人間というのは文字文化のある地域の人と無い地域の人を比較した場合記憶力が格段に差が出ることが分かっています。
縄文時代を研究してる人がよく言うのは「鉄器は縄文に存在しないという先入観がどれだけ研究を後らせたか・・」ということです。
歴史に先入観は禁物です。

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tin********さん

2010/6/419:00:48

言語はありましたよ

何故ないと思うのかが不思議な位です

文字が無いのと言語がないのは別です

土器の発見は多分「焼く」ではなく

粘土層の土を「乾燥」させたら硬くなった

どうして硬くなるのかを調べている内に「焼く」(熱を加える)

方法が試されたんだと推測できます

灰汁云々は確実に柔らかくする為に煮たら何か出てきた

すべて「食べやすくする」とか試行錯誤の末です

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