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ベルサイユのばらの時代って糞尿垂れ流しだったと昔聞いたのですが本当ですか?

crunky_chocolate03さん

2010/6/1720:27:48

ベルサイユのばらの時代って糞尿垂れ流しだったと昔聞いたのですが本当ですか?

ベルサイユ宮殿はあちこち排泄物だらけで臭かったとか一時やたらそういう話を聞きました。

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ベストアンサーに選ばれた回答

usausamimi14さん

2010/6/1721:48:32

がっかりな話ですが、どうやら事実のようです(T_T)
ハイヒールは、ナニを踏んづけてもいいように発達したそうで・・・フンづけってシャレか?
ご存じでしょうが、ベルサイユ宮殿にはトイレがひとつしかないので、貴婦人たちはひろーいお庭の片隅で用を足したらしく
そのためのふわっと広がったドレスだったとか・・・
においを消したくて香水をたっぷりふりかけて(おえっ)

パリの町なんかおまるの汚物をそこいらに撒き散らしていたらしく、2階から放る時は必ず一声かけることというルールがあったし、ルイ13世陛下の時代なんか豚ちゃんが市中に放し飼いされていた→汚物を食べるので(;一_一)

どれだけ衛生観念が発達してないんだよって、つっこみたくなるでしょう?
日本は、同時代にはし尿の処理なんてシステム化されてました
日本に生れてよかったな・・・

質問した人からのコメント

2010/6/23 22:41:18

皆様ありがとうございました!
本当に日本人でよかったですね。。。。

ベストアンサー以外の回答

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2010/6/1723:29:48

ミュンヘンにはおまるや尿瓶(女性専用)の〝プライベート博物館〟があるという。色も形も選り取りみどり、かつて〝その頃〟がトイレが無くおまる尿瓶全盛時代であったことはほぼ間違いないと思われる。

とあるトイレット関係の書物の一部を拝借・・・
『ベルサイユ宮殿の舞踏会や会合等に出席するとき、貴婦人方は同伴者と共に召使も連れて行き木製の尿瓶箱に入れてうやうやしく持っていたのだろう。そして(レディが)もよおすと、召使がすっと差し出し廊下の端等で目立たぬよう〝用足し〟していたのかもしれない。おまるや尿瓶の中身は召使が庭や街路に撒き散らかしていたのではなかろうか』

もっとも先の方の仰せの如く、〝野糞、立ちション勝手次第〟の地域は多かったのではないだろうか。

編集あり2010/6/1722:26:33

ベルバラの時代と言うか、日本と幾つかの文明(ローマやギリシア・エジプト)を除けば、糞尿はそこいらに垂れ流しです。
他の人が書かれた様に、街では糞尿やゴミは道に放り出し、それを踏まない為にヒールや日傘が発達しました。
(宮廷では、オマルでして使用人が川や穴に捨てて処理)
そんな汚物が散乱していて、入浴もあまりしない文化(イギリス人も、入浴嫌いな人が多いし、某有名漫画のネギまでも、イギリス人のネギが風呂嫌いの設定になってますね。)ですし、日本みたくドップリ肩までタップリのお湯に、それも毎日入る民族は稀です。
欧米人・中国人・韓国人はシャワーで簡単にですし、東南アジアは川や雨水での行水です。
台湾もシャワーが中心ですが、日本統治時代の影響と源泉の多いお国柄で、入浴を良くしますよ。

韓国・朝鮮なんか、明治時代に旅行したイギリス人に、ソウルは世界で二番目に不潔な都市(一番は北京)だと書かれているし、町中至る所に黄金の花が咲き乱れている(黄金の花とは人糞の事)、川はそれが流れ込み、黄土色をしたドロドロした水を人々は洗濯や飲み水にしている。 なんて書かれてます。

フランスのセーヌ川では、船の上にお風呂を作った移動湯屋があったりしたそうですが、(当時の湯屋の売り言葉が、『今日は贅沢にタップリの石鹸を使いませんか? 汗を流して垢を取り、床屋で悪い血を抜きサッパリと』なんてのもあったり)基本的に不潔でコレラやチフス・赤痢などが何度も大発生しています。

その為、ある司教が遺体は火葬にし(キリスト教では土葬。 最後の審判の日に復活するのに遺体が要るので、火葬はしない)、ネズミも病原菌を媒介するので駆除せよ命令を出した事もありました。

基本的に、少し前まで公衆衛生と言う概念すら無く、今でも手洗いは有っても日本人見たく帰ったらウガイの習慣ありません
(マスクも医療関係者か粉塵作業の人しかせず、日本人がアチコチでマスクをしてるのを見て、ギョッとしますよ。 時には重病人かと、警察に隔離されそうに(病院から逃げてきたと思われて)なった日本人旅行者もいましたね)

2010/6/1722:06:02

中世ヨーロッパの一般の家にはトイレがないので「おまる」を使用し、それに排泄物がたまると一定の場所へ持っていき廃棄するのが決まりでしたが、それを守らず道路へ廃棄するのが慣習になっていました。さらに近世に入ってもヨーロッパの都市は三階、四階の建物が多く、屋外に共同トイレがあるにはありましたが、上部の階に住んでいる住人は下に降りるのが面倒であり、「おまる」に用を足し、窓から排泄物を捨てていました。ゆえに道路は排泄物だらけだったといい、悪臭をただよわせていました。ゆえにヨーロッパの都市は劣悪な衛生環境でしたので、ペストやコレラの伝染病が流行するのは当然の成り行きでしょうね。

そのため排泄物を踏まないようにハイヒールが登場したといい、イギリスの紳士が外套を着用したり、女性が歩道の真ん中を歩くマナーが生まれたのは、窓から廃棄される排泄物の飛沫を浴びないようにするためでした。

ベルサユ宮殿も排泄物の悪臭が充満していました。一応椅子式トイレがあったのですが、何せ数が少なかったようで、たいていの貴族は庭に出て用を足していたといいます。当然庭はウンコまみれです。ちなみに貴婦人のスカートが大きく開いていたのは、そのまましゃがんで排便するためだったと記憶しています。

それに比べて日本は回収所として公衆トイレが設置され、長屋などにも共同トイレがあり、排泄物は貴重な肥料として回収され、農作物の生産に役立っていました。来日した外国人は日本の町や日本人の清潔さや、排泄物を有効利用していることにさぞかし驚いたでしょうね。

amaneser9さん

編集あり2010/6/1721:54:36

貴婦人たちの、厚底のデコラティブな靴、そして傘は、

汚物を踏んでも大丈夫なように(よける努力はする)、2階から汚物を
投げ捨てるため、傘は必須アイテム。

だったそうです。入浴もしてなかったそうで、だからこそ、香水が発達したそうです。
トイレは「おまる」を使っていたそうです。(もちろん中身は後でその辺に捨てる)

参考までに邦画「下妻物語」に、ロリータファッション(?)のフカキョンが、
農道で牛のフン踏んでますが、あれはある意味正解なんです。

haijin22_22さん

編集あり2010/6/1818:42:38

そのために香水が使われたのです。プラハでは無人のエレベーターに強烈な残り香がして、辟易しました。あの長いスカートの秘密もそこにあったといわれています。

平安時代都の大通りで、高下駄で脱糞する様子が「餓鬼草紙」に描かれています。都大路を歩く際、そういうイメージを膨らませると、JR東海に唆されることはないでしょう。

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