ここから本文です

まだ半端者の▼lookoutover学会員▼による【己義】

its********さん

2010/10/412:36:29

まだ半端者の▼lookoutover学会員▼による【己義】

.
.
.
―――――――――――――――――――――
. . 我不軽汝 汝等行道 皆当作佛
―――――――――――――――――――――

▼lookoutover学会員▼が抜粋し,解釈したところが,
★ ▼lookoutover学会員▼の曲解による【己義】です。 ★

「捨方便」は▼lookoutover学会員▼が言うような,法華経以外を捨てろという意味はありません。「捨てる」という言葉には,「必要に応じてゴミ箱から取ってきて利用する」という意味はありません。

ここの部分は,どの書籍(創価学会は別)にも「会三乗帰一乗」と書いてあり,菩提心を以て前進しようとする者はすべて菩薩に等しいという意味です。


▼lookoutover学会員▼が抜粋し,解釈したところが,
★ ▼lookoutover学会員▼の曲解による【己義】です。 ★


我々は釈尊の言葉を論破してのではなく,
☆ ▼lookoutover学会員▼の曲解を論破したのです。 ☆


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうもこれらの違いが分からないほど低脳らしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


▼lookoutover学会員▼本人の【言葉全体】が,悪口です。

【身体の動き全体】が悪行です。

【心の働き全体】が悪意です。


すなわち,▼lookoutover学会員▼の身・口・意における仏性は,

塵垢(簡単に言えば,仏性)に埋もれ,機能することができないのです。


おわかりですか?すなわち▼lookoutover学会員▼による,法華経の誹謗です。

遅かれ早かれ報いが来るでしょう。でも我々は寛大で,▼lookoutover学会員▼の幸福をお祈りします。


皆さんどうお考えですか。


一切の生きとし生けるものは,幸福であれ,安穏であれ,安楽であれ!
Sukhinoo vaa kheeminoo hoontu, sabbee sattaa bhavantu sukhita'ttaa.

lookoutover学会員,法華経,曲解,仏性,生きとし生けるもの,不受余経一偈,大乗経典

閲覧数:
473
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2010/10/414:34:48

創価学会員の「捨方便」を「法華経以外を捨てろ」と解釈している件ですが、それは『法華経』「方便品第二」から「正直捨方便」だけを抜き出して拡大解釈しているに過ぎないものです。

既に言うまでもなく『法華経』「方便品第二」は略開三顕一と広開三顕一の中の法説周の正説段に当たり、対告衆は声聞乗の代表者である舎利弗です。

「正直捨方便 但説無上道」とは、三乗を開会して、一仏乗に帰せしむるの文にして、他の諸経典を捨て去れと言っているのではありません。

三乗への執着を捨て去り、菩提心に目覚めた衆生は等しく仏の御子であり、成仏しない者は一つとしていないという一仏乗の立場を、能化の釈尊の側から所化の衆生の側に宣明した文です。

決して『法華経』以外の諸経典を捨て去れと説かれているのではありません。

ではなぜ、学会員達は「正直捨方便」の文句を拠り所にして、釈尊が四十余年間に説いてきた諸経典を捨て去る事だと強弁して憚らないのでしょうか。

その理由は恐らく「日蓮聖人」の遺文に求められると思いますが、大元の根拠は『無量義経』の「四十余年未顕真実」の文と『妙法蓮華経文句』巻五上の「五乗は是れ曲にして直に非ず、通別は偏傍にして正に非ず、今は皆彼の偏曲を捨てて但正直の一道を説くなり」との文に依るものと思われます。

しかし、『法華経』しか認めない日蓮遺文なら仕方がありませんが、天台教学に於いては『法華経』の一仏乗に開会された諸経を尊重しているのであって、決して諸経典を捨て去れとは天台の三大部の何処を探しても見当たりません。

私が学生の頃に、創価学会の姉妹団体である妙信講(現・冨士大石寺顕正会)の信者に論難をふっかけられた事があるのですが、「正直捨方便」の解釈の誤りを糺したら、相手が頗る感情的になり八時間も複数の論客に取り囲まれて痛罵された経験があります。
そこで相手側が最後の決め手として持ち出してきた経文が『法華経』「譬喩品第三」の「不受余経一偈」の文でした。

彼らは「譬喩品第三」の偈頌の中から「不受余経一偈」の文句だけを抜き出して「余経の一偈をも受けざれ」と読み、大乗経典である法華経のみを信じて、それ以外の一切の経典の一偈一句も信受してはならないと解釈していました。

しかし、これは御都合主義の文切り解釈であって、『法華経』「譬喩品第三」の主張するところではありません。

『法華経』「譬喩品第三」

「四法求法 合掌頂受 但楽受持 大乗経典 乃至不受 余経一偈 如是之人 乃可為説」

四方に法を求めて、合掌頂受して、但楽って、大乗経典を受持して、乃至 余経の一偈をも受けざる有らん。是の如き人には、乃ち為に説くべし」

要するに、『法華経』を直に説いてよい人の条件を述べている偈頌であり、決して「余経の一偈をも受けざれ」(他の経典の一偈をも信受してはならない)と言う意味ではありません。

件(くだん)の創価学会員の『法華経』解釈はメチャクチャです。

これほどに『法華経』の経文を曲解して、御仏の本願を蹂躙する行為は他にないかも知れません。

何時の時か、『法華経』誹謗の報いを受けて、貴殿の諫言を有り難く思い出す事もあるでしょう。

質問した人からのコメント

2010/10/4 15:38:41

降参 huumphatrです。丁寧に,また丁寧に時間をかけて,教えをいただき,ありがとうございました。ゆうべ,睡眠不足してしまい,めまいが出て,客の前でヨロヨロしてはいけないと思い,半日寝ていました。仕事の手配は大丈夫です。妻は読経中です。ますます密教に夢中です。譬喩品のお話,ありがとうございました。全く知りませんでした。法華経が,注意を要しながらも,宥和を目指すと本日知って大変うれしく思います。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる