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タレントのビートたけしさんはたまに哲学的なするどいことをジョークを交えて言わ...

magguuggamさん

2010/10/2210:28:32

タレントのビートたけしさんはたまに哲学的なするどいことをジョークを交えて言われますが氏は本来なら芸人ではあるべきではないのではないですか?

核心をついた誰も気がつかないことを言われた時は芸人にはもったいないと思う時があります。てゆーか感心します。

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te_********さん

2010/10/2617:30:33

そこに気付くような頭の回転の速さがあるから芸人なんでしょ。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

cle********さん

2010/10/2212:16:41

憶測ですが、たけしの野球崇拝ぶりはかなりのものですから、小学校くらいの頃は野球選手を夢見ていたのではないかと思います。中学から高校まではボクシングジムに通っていたそうですから、一時本気でボクサーを目指していた事があるのも確かでしょう。ただしプロテストを受けるには至らなかったので途中で気持ちが冷えていたのかもしれません。
芸人になったのは実は単なる流れでした。
たけしは学生時代、数学が大好きだったそうですが、その時点では数学者になろうとは夢思っていなかったろうし、長兄や次兄と同じように母の希望する大学の工学部以外のコースは進めませんでした。

※次兄の北野大氏は英語が大好きで英文科に進みたくて、母に逆らって勝手に英文科を受けたそうです(保険で工学部も受けていたようですが)。受かりさえすればなんだかんだと許してくれるだろうと思い、合格発表を持ってお願いしたところ、「英語なんかアメリカにいけば子供でも喋ってる、わざわざ習う必要ないわ!」と一蹴され、断念したそうです。

明治大学工学部に進学したたけしは、学校に女性が少ない事、全共闘時代で授業がよく潰れた事などから大学へ通学する意欲を無くして友達や先輩宅を泊まり歩くようになり、気が付くと家出同然の身に。ぶらぶらと浅草へ流れた頃には「いつ野垂れ死んでもいいや」くらいの軽い気持ちとその場の思いつきでフランス座の座長深見千三郎氏に弟子入りしました。そこへ将来相方となるビートきよしに誘われて漫才を始め、気が付いたら漫才ブームが来て波に乗って現在に至るという具合です。
漫才ブームの頃、本当の意味で漫才や芸だけだった芸人たちはほとんどが消えていきました。たけしは漫才だけの男ではなく、いくらでも引き出しを持っていたし、ブーム鎮火でこれから食えなくなる芸人たちの為にという思いもあったでしょう(たけし軍団や売れない芸人を雛壇に並べてトークさせる形式を作ったのはたけしです)。
たけしが世に出た切っ掛けは芸人としてですが、もはや芸人の枠に留まっていないのは誰が見ても明らかです。それでもあえて芸人を名乗り続けるのは、本人曰く「文化人枠になったらギャラが安くなるじゃねぇか」だそうです。勿論照れ隠しでしょうけど。

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