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いくらオブラートに包もうと、所詮人生は生存競争に過ぎないんですよね?

ish********さん

2010/11/623:46:52

いくらオブラートに包もうと、所詮人生は生存競争に過ぎないんですよね?

補足戦っても勝てる見込みが無いから逃げている人も、それはそれで生存の為の手段が違うだけてやはり生存競争だと思います。

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ベストアンサーに選ばれた回答

sin********さん

2010/11/702:56:49

人間というのは、自然に対する生存競争で生き残るために「社会」を作って生きてきたんだ。
だから、基本的には、その「社会」の中では無益な争いは禁じられ、皆が協力することが求められる。
それは、国や法律というコミュニティの仕組みという形で今でも機能しているし、個々の個人にもマナーとか習慣とかそのようなことで肌に染み付いている。

あなたのいう「生存競争」はそのベースの上で行われる「ちょっとしたことに過ぎない」。
そうじゃなきゃ、毎年、生存競争に敗れた、という理由で何億という人が亡くなっていることになってしまう。
悲しいことに人生に疲れて・敗れて自ら命を落とす方が少なからずおられることは現実だが、一方、そこに陥って亡くなる方が居なくなるように、助けになるようにと努力をしている方々も多数いらっしゃることを考えれば、そんな風に突き放して考えるほど人間は人間らしくなくなってはいないと思えるのではないかと思う。

質問した人からのコメント

2010/11/7 10:33:24

そう信じたいですね。

ベストアンサー以外の回答

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den********さん

2010/11/710:03:13

所詮人の心ってものは・・・

そう思えば、そんな人生になっちゃいますよ~

dar********さん

2010/11/701:15:52

そうとも言えますね。
でも生きていく価値はあると思います。

sea********さん

編集あり2010/11/710:27:09

ishimasa_l982さんの性格で心配な点は「そのとおり、人生は生存競争に過ぎない」とあなたの望む回答しか聞かず「そうとも言い切れないんじゃない」等の回答は頭から否定しそうな事です。
現在までのishimasa_l982さんの社会的環境がその様に感じさせているように思います。

タケノコさん

2010/11/700:11:29

それはひとつの考え方としては正解です。いや、「ひとつの解釈としては」かな?

ただ、「過ぎない」というのはいささか早計な結論ではないかとも思いますね。
そこに至る過程にこそ人生の面白いところがあるのではないでしょうか。

人は産まれたときから死に向かっています。
だからといって「人間は死ぬために生きている」とはならないでしょう?

それから、こんな考えも考えられます。
「人はパンのみに生きるにあらず」というもので、
「生命維持だけのために生きるのは、はたして生きてることになるか?」
という哲学的な話でして、これはけっこうむずかしい&めんどい&長くなるので割愛しますが
生命維持をある程度安定させられたとしても、人の欲はそれだけでは満足しないでしょう?
という考え方です。

いずれにせよ、日本は資本主義なので、生存競争は多くの場合、資本競争になるでしょう。
資本競争=生存競争 と考えても、当たらずとも遠からず、に思えます。

cha********さん

2010/11/623:54:30

皆が皆そうではないですよ。

そんなこととは無縁の生き方をしている人は沢山います。生存競争なんて巻き込まれるものじゃなく自分から飛び込むからそうなるわけで、競争に参加しない生き方をすることも可能ですよ。皆の人生が生存競争なのだとしたら、なんて味気ないモノなのだと人生を楽しめないと思います。

人生になんのメリットもないことが楽しみだったり、成功しないことが結果オーライだったりすることなど、全てにおいて、勝ちが、成功が頂点だとは思いません。

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