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忠臣蔵なんですが、吉良さんが逃げる途中に、 脇坂さんにぶつかった時に、 「こ...

バカ真面目さん

2010/11/2121:00:48

忠臣蔵なんですが、吉良さんが逃げる途中に、
脇坂さんにぶつかった時に、
「この無礼者!」
と扇子かなんかで一叩きされ、なおかつ「申し訳ありません」
と謝ってますが、実際「高家」の人が外様大名に

そんな仕打ちをされるなんて事があったのでしょうか?
また、吉良さんは謝る立場だったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2010/11/2123:11:35

刃傷を受けた吉良義央が脇坂淡路守(安照)と接触し、その血で脇坂淡路守の大紋を穢されたので、浅野内匠頭に同情し日頃の吉良の振る舞いを苦々しく思っていたこともあり、持っていた扇で吉良を打ちすえ、動顛していた吉良は「お許し下され」と無礼を詫びる・・・という場面は、映画や時代劇ドラマでは取り上げられていますが、明治のジャーナリストで中央義士会初代幹事長である福本日南の「元禄快挙録」によると

畳一面に吉良の血が撒き散らされたのを見、吉良の血に染まった大紋を眺めた脇坂淡路守が、誰ともなく「大紋の血に染まったのは珍しいことよ」と呟いた(吉良の日頃の高慢に似ぬ心身喪失ぶりを皮肉ったと伝えられる)

(参考文献・別冊歴史読本「元禄忠臣蔵」)

とあり、そうであればあの場面はなかったということになりますので、あれは創作ということになります。脇坂淡路守安照は5万3千石の大名で従五位下、吉良上野介義央は4200石でありながら従四位上左近衛権少将であり(広島藩42万6500石藩主・浅野綱長の官位を上回るもの)、官位では吉良の方が圧倒的に上ですし。

質問した人からのコメント

2010/11/28 21:01:28

感謝 わかりました

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ベストアンサー以外の回答

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kan********さん

2010/11/2820:01:25

基本的に討ち入り発生前の諸大名の行動は「忠臣蔵」という物語が作られたあとに創作された逸話です。
現場資料である多門筆記は多門伝八郎の晩年の失脚時に書かれたもので、彼の立場的に許されない行動をするなど信憑性は低いです。
そもそも吉良は意識を失い、部下の高家によって医師の元へ送られており、梶川ら他の旗本も浅野を取り押さええたり連絡したりでお騒ぎです。
そんな中で脇坂が叫んでもKYなだけで、むしろ処分対象になります。


質問の高家と大名のトラブルですが、普通皇居などで喧嘩ができますか。
処分物なので改易覚悟か乱心でないと絶対に不可能です

nyw********さん

2010/11/2121:50:30

家紋に血をつけられた事が脇坂さんの武士としての面子を傷つけられたと思っているのですが。格的には多分同じくらいでしょう。

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