ここから本文です

江戸時代、紙というものは庶民の間にどれくらい普及していましたか? 浮世絵や本...

moj********さん

2010/11/2310:50:47

江戸時代、紙というものは庶民の間にどれくらい普及していましたか?

浮世絵や本なんかが沢山店に並んでいたようですが、 紙や紙製品は貧乏人でも買えるくらい当たり前のものだったのでしょうか?

当時はまだ手すきで作っていたのですよね?
そんなに大量生産できたのですか?

また、大きな都市だけでなく田舎の小さな農村にも紙が届いていたのでしょうか?

いろいろ気になっています。回答お願いします。

閲覧数:
776
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

lov********さん

2010/11/2321:22:27

中国の蔡倫が発明した紙が、日本に伝わったのは610年だそうです。

江戸時代に入って、和紙の生産は需要の高まりとともに全国各地で生産されるようになったそうです。
原料も、楮(こうぞ)だけでなく、三椏(みつまた)が使用されるようになり、生産量が拡大したとの事。

洋紙が機械化されたのは、「1798年フランスで機械漉きの洋紙が作られた」とありますから、その時が始まりです。
ヨーロッパにおいても、それまで洋紙は機械化されておらず、手漉きで生産されていたのだと思います。

江戸時代になって全国各地に広まった紙漉きは、本州から九州まで、急速に広がっていったようです。
各藩が紙の専売制を取るようになり、重要な産品として、江戸や大阪の蔵屋敷に集められ、各地の問屋へ販売されたとあります。
このようなことから見ても、江戸期に入ってからは、全国で紙生産始まったことから、そうとう田舎まで広がっていたのではないでしょうか?

明治時代になって、海外から木質パルプを原料とする洋紙が伝わり、日本では1874年に始めて機械漉きによる洋紙生産が始まったそうです。その後、洋紙に押されて和紙の生産は減っていったと言いますが、1901年の記録では、和紙の生産業者が7万戸、従事者が20万人を超えていたとありますから、江戸時代末期においても、相当な生産業者数や生産量があったと推測できます。

確かに江戸時代の販売形態は、藩の専売→江戸・大坂の蔵屋敷→問屋(同業者で株仲間をつくって専門問屋化した)→小売ですから、結構価格もしたでしょうから、貧しい人々が気軽に使用できたとは思えません。ただ、江戸期には寺子屋制度による教育などが発展しましたから、需要が旺盛になり、全国各地に生産が広がったのだと思います。

以下に「和紙について」参考になるHPを記載しておきます。
ご興味があれば、ご覧ください。

http://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/

質問した人からのコメント

2010/11/30 00:58:44

感謝 ありがとうございます!

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる