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魯迅 故郷 について 授業で「故郷」をやっています。 最後の方の解釈について質...

tem********さん

2011/2/1118:06:39

魯迅 故郷 について
授業で「故郷」をやっています。
最後の方の解釈について質問があります。

わたし(魯迅のことです)に「希望」という考えが浮かんだとき、わたしのいう希望(若い世代が

 新しい生活を持つこと)も、ルントウのと同じ手製の偶像(=偶像崇拝)にすぎぬのではないかと気づきます。すごく抽象的でした。その後も、
彼(ルントウ)の望むものはすぐ手に入り、わたしの望むものは手に入りにくいだけだ。
と続きます。

何がルントウのと同じかを、よく考えた結果、
・ルントウの希望…香炉と燭台
・わたしの希望…若い世代が新しい生活を持つこと
・「偶像」…信仰の対象
以上から、自分が何かする訳ではない、つまり他の力に頼るという点で同じなのかなーと解釈しました。
それについての意見をお願いします。違う解釈も知りたいです。

また、一番最後の、わたしの思う「希望」の定義、特に希望を地上の道に例えたところの辺りが、分かりそうで分かりません。どのように解釈されているのか知りたいです。

あと、ヤンおばさんをどう思っているかも聞きたいです。

彼らが生活していた時代の背景、魯迅の経歴?、彼がどのようなことを目的にしてこれを書いたかは、図書館で調べて大体把握しています。なので、そこらへんの解説はあまり必要ないとおもいます。

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muk********さん

2011/2/1316:24:54

- 閏土の望むものと「わたし」の希望について -

文中に具体的には「香炉と燭台」とありますが,これは「神仏への祈り」に使うものです。「偶像崇拝」とは,神仏の姿を象った作り物を宗教的にあがめ,敬うことです。閏土は生きる気力を失い,神仏に祈るしかなく,積極的な行動に出ようとは考えていません。しかし,将来への希望,将来的な展望も持たないで何もせず,ただ神仏に祈っても今の生活や社会の状況は何も変わりません。こういった道具物は,「わたし」や他の人に頼んでもらえば済みます。「すぐ手に入り」ます。だから,わたしは「心ひそかに笑った」のです。しかし,考えてみると「わたし」の希望も積極的な行動に出ようとしなければ,閏土と同じではないか,ということに気がつくわけです。

-「わたし」の思う「希望」について -

文中では,「私たちの経験しなかった新しい生活」という表現がなされています。
また,最後に「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」とあります。
これは「同じ希望を持つものどうしが努力すれば,ということであり,そういう人が増えるとその希望を実現できるのだ」ということです。
つまり,「希望していること」をただ願っているだけではだめだ。それを実現するように世の中のはと協力し合わなければならないということを示しています。これは確かに「手に入りにくい」ものです。「わたしの希望」もただ願っているだけでは,諦めて何も行動しようとしない閏土と同じになってしまうということを示しています。
さらに,具体的にいえば,
「元々,この世の中に良い社会やルール,決まり,よい生き方などは存在しない。良い社会やルール,決まりを創りあげていこうと努力する人が多くなれば,それが良い社会の創造につながるのだ。」と「私の希望を手に入れるための方法」を読者である当時の中国民衆に訴えかけています。
ですから,「わたしが(若い世代)に望むもの」とは「封建的な身分制度や無秩序なことが許される現在の社会制度を打破したみんなが平等に平和に暮らすことのできる新しい社会制度の実現であり,新しい民主的な国家の設立」です。
魯迅のこの訴えにより,中国民衆は欧米を始めとする列強支配に対する国民運動「五四運動」を展開し,ひいては,魯迅を「先生」と仰ぐ毛沢東等の率いる中国共産党による革命が成功して現在の中国が成立するに至ったというわけです。
(ただし,現在の中国の姿が「魯迅が本当に望んでいた新しい社会制度」であるかどうかはわかりませんが。)

-ヤンおばさんをどう思っているか-

楊おばさんは,昔「豆腐屋小町」と呼ばれるおしとやかで品のよい女性であったはずですが,「コンパス」になりはて,口から出る言葉は嫌みや不平不満,文句ばかりであり,平気で母の手袋や犬じらしを平気でかっぱらっていく心の荒んだ当時の中国社会の女性代表として描かれています。
そして,「わたし」は「故郷」の「でくのぼう」になりはてた閏土や心の荒んでしまった楊おばさんに「たまらなく悲しい」思いを持ちます。
(が,巻末で再び浮かぶ「海辺の広い緑の砂地」にもう少年閏土の姿はない。少年閏土こそが「美しい故郷」そのものでしたが,当時の過酷な中国社会の現実が閏土や=故郷を失わせてしまった。)

ということです。

この説明に不明な点がありましたら,補足でご質問ください。

中学校生活最後の小説の読み取り,頑張ってください。


ご参考になれば,幸いです。

質問した人からのコメント

2011/2/17 18:13:46

良く分かりました。
最後の方の意味も納得できて、今とてもすっきりしてます。笑
この作品に影響された事・人等も教えて頂きとてもありがたかったです。

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