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フランスの国民公会で、共和国宣言がされ、共和制が樹立しましたが、共和制になっ...

m_p********さん

2011/2/2422:24:59

フランスの国民公会で、共和国宣言がされ、共和制が樹立しましたが、共和制になって変わったことはなんですか?

補足あと、国民にどんなメリットがあったかも教えてください!

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sur********さん

編集あり2011/2/2511:26:35

フランス共和国憲法となるべき山岳党草案は1789年6月10日から検討され、わずか2週間で完成しました。

そして6月24日にコンヴァンシオンで可決され、7月から8月にかけて人民投票に付されています。

投票権者数は700万人ありましたが、実際に投票したのは190万人ですから投票率は低いです。

文盲率も高く、政治に関心を持たない人も多かったでしょうから、そんなもんでしょうか・・・?

けれども賛成171万5000票に対して反対1万3000票、その他は条件付賛成です。

ほとんど完全な信任を得たと言ってよいでしょう。

ところがコンヴァンシオンは、10月10日に声明を発表し、秩序が回復するまで施行を延期することになりました。

こうして秩序回復のための大恐怖政治(レジーム・ドゥ・ラ・グラン・テロール)が始まったのです。

その中心人物はマクシミリアン・ロベスピエールでした。

公安委員会や革命裁判所が設置され、パリ・コミューヌと公安委員会による独裁となり、ギロチンが横行しました。

私は潔癖なロベスピエールにして改革を急ぎ過ぎた結果だと思っています。

一方で、この時期に農地解放も積極的に行われています。

しかしこうした圧制による支配に対する不満からテルミドールの反動となり、ロベスピエールらは即決裁判でギロチンに送られました。

こうして始まる前に終わってしまったのです。

当時の状況を語る書物としてはレチフ・ド・ラ・ブルトンヌの「パリの夜」が岩波文庫から出ています。

この著者自身の心理状況が革命の推移に合わせてどのように変化しているかを観察するのも興味深いです。

フランスの研究者の中には、ロベスピエールの失敗を、金持ちや教会の財産を没収して貧乏人に分けたが、ロベスピエールを支持していた貧乏人たちが財産をもらったことで金持ちになり、こうしてロベスピエールの支持基盤だった貧乏人が減ったために失敗したという皮肉な解釈をする人もいます。

やはり岩波文庫からアナトール・フランスの「神々は渇く」がでていましたが、今は絶版なので、図書館などで探されたらどうでしょう。

こちらは小説ですが、アナトール・フランスのことですから、非常によく調べています。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2011/2/2422:44:37

君主制でなくなったということだけです。

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