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自分の先祖は江戸時代に庄屋だったらしいです 名字・帯刀が許されていたみたいで...

on_********さん

2011/3/818:47:12

自分の先祖は江戸時代に庄屋だったらしいです
名字・帯刀が許されていたみたいで、寺子屋もやっていたと聞きました

先祖が持っていた権力ってどのような物ですか?
刀持っていますが、武士のように人切ってよかったのですか?

補足庄屋とか村方三役って、自分の村の外に出ても普通の農民とかに偉そうな態度って取れたのでしょうか?

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かずーさん

編集あり2011/3/823:27:36

藩により若干の違いがありますが、庄屋で名字帯刀が許される身分なら、
武士階級、いわゆる郷士格と言って良いかと思います。

郷士とは一般的に 城下侍=上士 の下の階級で、藩主への御目見得
資格のない武士階級です。
(お殿様に直接会えない身分。上士の部下と言ったイメージ。)


>先祖が持っていた権力ってどのような物ですか?

庄屋ですから、住んでいる地区(郷) の農民・農地を束ねる身分ですね。
その郷を管理し、年貢の取り立て・管理を行うなどの仕事だと思います。
他にはその郷の治安維持ですかね。警察官のような役割もあったようです。
簡単に言えば、その郷の長=名士さんと言えば分かり易いでしょうか。

ただその郷の土地は、上級武士の所領であることが多いですから、
庄屋はその武士(上士)の部下であり、代理人という感じでしょうか。
ただ普段の生活において、 「実質」 の長といっていいかと。
上士は普段自分の所領には居らず、城下にいるケースが多いですから。

庄屋は今でいうと、その村の村長さんといったイメージですかね。


>刀持っていますが、武士のように人切ってよかったのですか?

よくありません。

上に書いたとおり庄屋は郷士=武士階級です。
ただ戦国時代ではありませんから、武士とはいえ人を斬るのは犯罪です。
江戸時代では何もないのに切り捨て御免、なんてなかなかあり得ませんよ。
武士でも人を斬れば罰せられます。これは上士でも同様です。
きちんと奉行所によって状況を吟味され裁かれますよ。

ただ武士階級は、他の一般階級が人を斬るよりも、寛大な処置がとられる
ケースはあったように思いますけど。

しかし庄屋(郷士)の身分で人を斬れば、強盗とか襲われて防衛するなど
特別な理由がない限り、その身分は剥奪されるのは確実だと思います。
斬首、切腹などの 「死罪」 を申し付けられることも珍しくないかと。

江戸時代→太平の世になってからは、刀は武士のたしなみ・魂・装飾品。
人を斬るための道具ではありません。


<補足を見て>

>庄屋とか村方三役って、自分の村の外に出ても普通の農民とかに偉そうな態度って取れたのでしょうか?

取れません。
庄屋の権力はあくまで自分の管轄する地区においてのみです。

そもそも 「偉そうな態度」 とか 「人を斬る」 とかの質問をされていますが、
そんな人物だったら、その地区の住民に藩庁や奉行所などに訴えられて、
その地位に留まることは難しいでしょう。

どの世界でもそうですが、「長」 というのは人格者でないと勤まりません。
人を斬りたいとか、偉そうにしたいとか、そんな人は庄屋なんか出来ませんよ。

時代劇とかに出てくる悪代官的な人物は、確かにいたでしょうが、
非常に珍しいことです。これも現代と一緒。

江戸時代は封建社会であり儒教の教えが浸透していた社会。
貴方のご先祖も寺子屋をやられていたとおり、世界的にもなかなか少ない
教育が行き届いた社会だったのです。

また江戸時代の経済はコメが中心。
農民がいないと成り立たない世界です。
ゆえに庄屋を含む武士階級は、基本的に農民を大事にしました。
農民を大事にしない国(藩)は滅んでしまいますよ。
それは歴史が物語っています。

身分差はあったにせよ、法律は存在し、支え合って生きてきた社会です。
ゆえに江戸時代は260年もの太平を築くことができたのですよ。

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nak********さん

編集あり2011/3/910:55:55

「庄屋」と申しても、色々あります。 私の先祖の場合は、
「副代官」と云った感じでした。 「下代ゲダイ」とか「下司ゲス」
とか呼ばれたかな?
大体、我が家を代官所として貸していたのか?、代官所の傍に
住んでいたのか? そんなところです。

「代官」は二人で交代制ですが、「下代」は替わらず、殆ど
「世襲」または「親族」でたらい回しの感じでした。
人材が乏しければ、少し格下の「大下書、オーゲショ、
オーシタガキ」と呼ばれて、多くの庄屋さんを束ねて、藩との
書類のパイプ役となりました。 「大庄屋」級かな?
勿論、苗字・帯刀です。

● 一番大切な仕事は「年貢」の円滑な徴収です。

それが、出来なかったので、自分で自分に懲罰を課し、座敷牢
に入って謹慎し、立て替え払いをして済まし、牢から出たとかの
珍談?を聞きました。

まー、人徳ですかね、そんな類で、藩の仕事を助けて居った
ようです。 村長さんや警察官と云うより、高級な民生委員
ですな。 だから、刀は飾りもの。 心配御無用です。

● 殿さまにお目通りかなったか?
それどころでは無い! 藩侯の側室の再婚相手に選ばれたり、
そうしたお世話まで、なさったとか!?

まー、円満に、天保の大飢饉を乗り切ったらしくもある。

幕末の戊申戦争では、敗戦降伏の新撰組隊士や、フランス人
軍事顧問を助けて、もてなし、取り調べを上手にやって、郷里や
本国帰還の世話を助けたりもしました。

● 昭和の大戦では、本土決戦の防衛隊長で奮闘もし、その後
は村長さん。 「村長さんは軍人さん」と呼ばれました。

色々、大変だったとお察し申しあげて居ります。

★ 「御質問の追加に対して」

「庄屋」 級になれば、自分の村だけではなく、近隣一帯(郡の規模)

でも「名士」 でありまして、また、趣味(俳句など)の仲間も多いので、

大人ならば、 知らぬ人は先ずありませんね!

自分の村付近では、小規模ながら御「領主様」でもありましので、

御心配なく。

大体、「姓」も二つ持ち、武士の顔と実業家の顔を使い分けて居り

ました。 これは、「代官」級でもそうでした。 私の先祖の例では、

「石亀」姓が代官(=武士)の顔、「石塚」姓が、代官の任期以外

での顔で、温泉を掘ったりして居ったとか! 必要に応じて、「屋号」を

持つ事あった。 昔の人は、旨くやって ましたね!

「水戸様の映画」の如き、馬鹿代官では無いぞよ!?

ran********さん

編集あり2011/3/921:54:55

>先祖が持っていた権力ってどのような物ですか?

今でいうところの区長とか村長に近い立場。
村に住む人をまとめて城からの知らせとか決まりごとを伝える、米の種がなくて困ってる人に貸してやったり、できた米をまとめて預かり、城へ運び込んだり
(土地によっては特産物の場合もあり、藩主の贈答品の依頼を受けてまとめておいて届けることもあった。)
火縄銃を管理することもあった。有害鳥獣は当時からいたので、熊とかイノシシ、シカなどが出た時に保管してる火縄銃を村人に貸出して追い払うことも村の安全を守る仕事のひとつでもあった。(公的に認められていたわけではないが、暗黙の掟。)

>刀持っていますが、武士のように人切ってよかったのですか?

名字帯刀を許可された証として武士の前で刀を差していても咎められません。また、身分的にも一応、下級武士の一人として扱われることになる。ということです。
不審者や村の安全を脅かす殺人者などをやむなき場合に斬ることがありますが、そのあとで藩の役所や奉行所に届けて厳しく調べられますね。問題なければそれでよいのですが、何もやってない者を斬った。と判断された場合、斬首か切腹です。
このあたりは警察官の職務も兼ねていた。ということなのです。
警官の拳銃の取り扱いと同じで刀を抜いて斬ったのもそれが職務上、必要なことであったのか。という判断を下すのは変わりません。

>庄屋とか村方三役って、自分の村の外に出ても普通の農民とかに偉そうな態度って取れたのでしょうか?

名誉なことですから、隣近郊に知れ渡っていたと思いますよ。プライドを保つ程度には威張れたと思います。

ですが、一揆などには加勢できないし、威張り散らして嵩につけあがると、その後の一揆が起こった時に腹いせとうっぷんで屋敷と土蔵に取りついてめちゃくちゃにされたらたまらないし、その一揆で藩の家老などに庄屋の処分と取り消しを要求されたら一揆の一味とみなされて斬首になることが分かっているのでほどほどにしてたみたいですよ。
また、そういうつけ上がるタイプの人をホイホイ簡単に名字帯刀を許す訳がないですから。

編集あり2011/3/823:30:32

庄屋に権力などありません。庄屋は村の年貢の取りまとめ役です。村の揉め事を治めるのが仕事です。領主はその所領に数え切れないほどの村を持ちます。領主は庄屋を通して村を間接統治していたのです。といって庄屋は領主から禄を得ていたわけでもありません。無給の名誉職みたいなものです。庄屋になってもろくなことはなかった。時には一揆の頭領に担ぎ上げられて処刑される役回りでもありました。その名誉を証明するものとして苗字帯刀が許されて、村人に対しては威張り散らして、代官に対してはこびへつらう立場であったのです。刀は人を切る道具ではない。見せびらかすためだけのものです。滅多やたらに刀を抜くようでは庄屋など到底務まりません。
【補足】
村の外に出たら誰も庄屋だとは気づかない。だから帯刀を許されて見分けがつくようにしたのです。それによって百姓からは一目置かれる。しかし上には上がいます。そうやたらに偉そうな態度は取れません。もし道で水戸のご老公に出会えば、ははーと土下座するしかありません。まあ、それはテレビの中だけの話ですが。

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