「人生は暇つぶし」←これを哲学的観点から論破してください。 回答お願いします。

「人生は暇つぶし」←これを哲学的観点から論破してください。 回答お願いします。

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ベストアンサー

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僕もどちらかというと「人生は暇つぶし」だと思ってる方なのですが、あえて自己論破を試みましょう。 何故「人生は暇つぶし」とわざわざ宣言しなければならないのか。そのウラには人生に対する我々の真剣さがある。人生における様々なことに、我々は熱くなり、後悔し、一喜一憂する。そして強い後悔やジレンマは、自己の精神や存在さえも、危うくさせるパワーを秘めている。 私たちは何故わざわざ暇をつぶさなければならないのか。人生が”ヒマ”と言うほど必要無いものなら、何故さっさと死んでしまわないのか。何故、人生を”ヒマ”として保留し、過ごそうとするのか。それは私たちが、人生が単なるヒマではなく、手放しがたい重要な期間だと感じているからに他ならない。 人生こそ我々が真剣になる対象そのものであり、ともすると真剣になり過ぎるが故に後悔やジレンマを抱える。「人生は暇つぶし」とは、そうした強すぎる後悔やジレンマを「そんな熱くなるほどのことじゃない」と皮肉り、消化し、自分をいさめるための”イイワケ”なのだ。 「人生は暇つぶし」・・・この言葉をしょっちゅう口にする人間は、実は結構真剣でヒマじゃない人なのかもしれない。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

あなたの言う通りですね。 「人生は暇つぶし」は人生での失敗の言い訳・逃げ口のように思えます。 逃避思考をしていては前進出来ませんよね… 見事に論破されてしまったのでBA差し上げます!!! 皆さん回答ありがとうございました。

お礼日時:2011/3/29 13:27

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生きる事がすなわち暇つぶしである者は、生きる限り暇になることはありえない。 暇になることがありえないなら、暇つぶしもありえない。

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まず、「暇」の定義を「命令や職務、しなければならないことが限りなく無いに近い状態の時間」とします。 これにより、「暇つぶし」とは、「命令や職務、しなければならないことが限りなく無い時間に行う、それら以外を行うこと」となります。 では、人生の定義を「人が生まれてから死ぬまでの時間」とすると、「人生は暇つぶし」とは「人が生まれてから死ぬまでの間に命令や職務、しなければならないことが限りなく無いに近い状態の時間しかない」と言い換えることが出来ます。 これは、いくつかの理由から否定することが出来ます。 まず第一に、人を含むあらゆる生物が、その子孫を繁栄させようとするという点にあります。そして人は、ある一定の年齢に達しなければ、生殖活動を行うことが出来ませんので、それまでの間生きながらえなければならないし、それから生殖活動を行わなければなりません。これは上の状態とは違いますね。 第二に、暇つぶしというのは、次に何か命令や職務、しなければならないことがあるからなり得る状態です。 なぜならば、それが無ければ死ねばいいし、死ぬという目的を設定した場合、「命令や職務、しなければならないことがない」とは言えなくなってしまいます。 第三に、人はあらゆる欲求を満たそうとします。それが、仕事であったり、自己犠牲であったり、家族の団らんや、愛する人を見つけることなど様々ですが、それらの欲求がある限り、またこれも「命令や職務、しなければならないことが限りなく無い時間」ではなくなってしまうでしょう。 以上で終わります。

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忙しい人生を送る者が1人でもいる以上、「人生は暇つぶし」とは言えない。

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この命題を論破すること自体が暇つぶしですので、論破した段階で、この命題の正しさが成立してしまうという自己矛盾を含む作業になります ですので、論破しません 論破しないことによって私の人生に暇つぶしではない部分が生じ、この命題の限界を示すことができるでしょう

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そんなんじゃぁ生まれた意味がないよ!幸せにならなきゃ!神はそう望んでいる!

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