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哲学とは簡単にいうとどのような学問ですか?

ilm141421356さん

2011/4/1702:29:46

哲学とは簡単にいうとどのような学問ですか?

分かりやすく教えてください!

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回答数:
8

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ベストアンサーに選ばれた回答

2011/4/1714:36:17

生きているといろんなことが、起こりますよね。個人的には、病気になったり、転職したり、家庭の問題など。社会的には、不景気だの、原発事故だの、国家的には、外交問題で中国やロシアとの領有権争いがあったりと。

これらの問題を考える時に、経済学者は、もちろん経済面から考え、その意見を言うし、政治学者は政治的価値観で、ものを言います。倫理学者も、道徳的価値の立場から専門的見解を述べます。このように、みなさんばらばらで「専門馬鹿的意見」になってしまっていて、総合的に判断する人が、いないと思いませんか。

経済優先でいい訳ない問題はたくさんあります。また政治中心で解決しては、いけない、それになじまない問題もあります。

さまざまな学問領域を網羅して、人としての立場から発言をする人が、哲学者の役割です。
哲学は、科学を束ね総合する立場に位置している学問です。

個々の学問では、答えられない「生と死」の問題や、「生甲斐」「愛について」「幸福とは何か」「美とは何か」などが対象分野となっています。

「関係ないな」とみなさん思っています。(笑)
でも実は、世界中の人が、実は、その瞬間瞬間、判断を下しながら生きているのが、実態です。
こうして「知恵袋」を読んでいることも、人生の選択の実行状態です。

間違った判断を続ければ、(私も含めて、主にみなさん「流されて」生きています)結果は、因果応報、「だらだら人生」となってしまいます。
自分の人生を「いい方向」に向けて、より良い人生を生きる知恵を、偉大な先人から学んで行けるのが、哲学の意義です。
カエサルの「ガリア戦記」を読めば、ふいを襲われ劣勢になっていたローマ軍の小隊に、「もうだめだ」という機運が高まった時、遠くにカエサルの赤いマントが翻るのが、見えたとき、全員一気に元気になり、カエサルの援軍がくることがわかり、敵を蹴散らすようになり、カエサルの到着で勝利の戦いとなりました。このことからいかに、モチベーションが大切か、リーダーの資質の大切かが、わかります。

また人類は、ブッダはもとより、アリストテレスから中庸の大切さを学び、セネカから人生の時間の使い方を学び、カントから世界平和の方法を学び国際連合の草案を受け取り、キルケゴールから絶望からの脱出方法を学びました。

現在直面しているいろいろな問題に、哲学はその本当に正しい答えを与える可能性が、大いにあります。私達は、このあたりに期待を持っています。

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ベストアンサー以外の回答

1〜5件/7件中

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2011/4/1900:45:01

自分は哲学=人だと考えています
哲学には色々な考え方や多くの分野がありますが
根本にあるのは「人が人らしくよりよく生きるための学問」だと
思っています。

どんな動物であれ、同族間ではある程度の意思疎通は出来ますが、
人間ほど複雑な思考を同族と意思疎通できる生物はいません。

また、どんな動物であれ、集団で生活する以上はそこにはルールが
必ず存在します。
そのルールの中には上下関係であったり仲直りの方法だったり
いろいろなものがありますが、それほど複雑ではありません。

人間社会は複雑な思考を持つため、ルールだけでは補いきれない事例や
ルールに則っただけではうまく解決できない事象も起こります。

それを解決したり、その場合の道標になるのが哲学ではないでしょうか?

そう考えると哲学は人だから出来たものつまり人そのものだと考えています。

yvirago1129さん

2011/4/1820:20:54

答えが出ない問題。

だが

すべてが答えとなる。

cs_non2さん

編集あり2011/4/1800:27:56

あなたの目の前の風景を絵に描こうと思う時。あなたの目は何を見ていますか?

手前に咲き誇る花、遠くにそびえる山々、その山々の裾野に広がる湖、点在する家々、これだけなら何となくそれらしきものは描けたりします。ですが多分これだけでは満足しないと思います。下手か上手かはたいした問題にはなりません自分が分かればそれでよいので。ですが目の前の景色とは明らかに違いがあるはずです。どれだけ上手く描いてもこれだけでは違いがあります。

そしてここから先が哲学の領域です。

光、影、奥行き、運動、重量感、空気感、力感…。

と、これら五感の全てで感じ取るような何かが絵になければ絵は完成しません。これは写実的な絵画だけではなく抽象絵画であってもまったく一緒です。技量に関係なく圧倒される絵ってありますよね、魂の入った絵なんて言ったり。

この五感の目で確実に捉えた何かを、頭を捻っては分析して抽出した何かが言葉であり、歌であり、知識であり、絵であり、理論であり、つまりは表現であり、そしてもっと言えばあなた自身の中へ還ってゆく何かにさえなる。(哲学者達の知識や言葉もあくまでも彼らにとっての何かであり、それ以上でもそれ以下でもなく、一度発せられた声が次の瞬間には跡形も無く消えてしまうように僕ら他人にとっては空虚なものです。他者が発見した何かは他人にとっては空虚ですから。)

この一連の作業、観察と分析がまさに哲学で、この作業を行う全てが哲学だと僕は考えています。

そして学問はどんな学問もこの作業のように何かへの「気付き」と「観察」と「分析」が無ければ学問とは言えませんから、そういう意味では哲学は学問の中にある学問、学問のための方法論と言えるのではないでしょうか。これが質問への回答です。

でも生きる時はいつだって、仕事だって、誰かを愛する時だってこの作業が必要ですから、あえて言葉にして定義する必要も無いのではとも思ったり。

2011/4/1709:07:54

動物的な人にならないための学問です。

倫理・道徳の向上、人生の探求をしています。

基本的に、宗教と仲が悪いです。

2011/4/1705:41:23

「何か」 について 疑問を持って考え続け

その中で 共通性や普遍性を 見出そうとする学問だと思います…

だから どんなモノでも 現象 でも 哲学の対象に なり得る って
勝手に思っています…

「哲学とは何か?」 という疑問も すでに 哲学のはじまりなのです…

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