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戦国時代頃は髷を後ろ上などに立ててたのに江戸時代頃になると髷を頭の上に乗せる...

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ID非公開さん

2005/9/1607:09:07

戦国時代頃は髷を後ろ上などに立ててたのに江戸時代頃になると髷を頭の上に乗せるようにしたのは立ててると兜がかぶれないためですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

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ID非公開さん

2005/9/1609:28:44

髷を立てていたのは兜の穴に髷を入れて安定させるためだと聞きました。
江戸時代になって兜をかぶらなくなったので、髷を立てる必要が無くなったのでしょう。

ベストアンサー以外の回答

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ID非公開さん

編集あり2005/9/1611:12:15

髷は元々は冠を固定するためのものでした。
平安時代には人前で頭の天辺をさらすことは露頂といってとても恥ずかしいことでした。

武士が兜を被る際は烏帽子ごと天辺から髪を出すことで兜を固定します。
ですがこの方式は室町のころには無くなっています。
室町のころには髪型も変化し、茶筅髷のようにピンと立てるものの他、銀杏頭と言って髷を途中で二つ折りに折り曲げるようなものも出てきます。
髪型の変化もあって烏帽子なども紐で止めるようになります。

江戸初期にはまだ戦国の気風も残っていてヒゲや髷も放埓なものが目立ったようですが、文治を目指す幕府が身なりについても規制を行います。
厳密にどうしなさいというレベルのものではありませんが戦国の気風が薄まるとともに髷もきちんとまとめて固められるようになります。

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ID非公開さん

2005/9/1607:14:55

兜をかぶる必要が無くなったからです。
・・・・・・・・・・・

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