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東日本大震災で活動したボランティアの数は2ヶ月間で阪神・淡路大震災の4分の1...

miraclekobeさん

2011/5/1802:06:54

東日本大震災で活動したボランティアの数は2ヶ月間で阪神・淡路大震災の4分の1。
なぜでしょうか?

5月12日。13日の神戸新聞では下記のように載っていました。
12日朝刊
約2ヶ月間で岩手、宮城、福島の3県で活躍したボランティアは約24万人で、同時期で100万人の阪神・淡路大震災の4分の1.

13日朝刊
阪神・淡路大震災に比べ、ボランティアの人数は発生2カ月で4分の1にすぎない。なぜか。関西学院大の室崎益輝教授は
「誤った自粛論がまん延したからだ」と指摘する。
作業はプロに任せ、素人は募金のほうが効果的。受け入れ態勢が整うまでは自粛すべきだ…。
「これは管理する側の論理。助けを待っている人たちを見殺しにする理屈だ」と室崎教授。

GW前のニュースにはこのようなものがありました。
ボランティア数 阪神・淡路は150万人で東日本大震災は4.4万人
http://news.ameba.jp/20110422-133/

ボランティアの方が手で柄杓(ひしゃく)をもって厳冬の日本海で重油を回収された1997年のナホトカ号重油流出事故でも3か月で延べ30万人のボランティアの方が参加されました。

阪神大震災4日後の下記の映像
http://www.youtube.com/watch?v=QyCZc8WMiHg&feature=related
この段階ですでに多くのボランティアの方が現地に向かっています。

「管理する側の論理。助けを待っている人たちを見殺しにする理屈」という宮崎教授の言葉がありましたが、ボランティアに関しても阪神大震災、ナホトカ号重油流出事故の時は組織化されていない中だからこそすぐに動いて危険承知の上、現地に赴いた方も多くいらっしゃったと思います。

今回の震災でこのようなタイガーマスクの方々がいたのと同じように…
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110424/dst11042412040010-n1.h...

現地の受け入れ態勢を整えているうちにボランティアをしようとする方の思いが次第に失せてしまうこともあるかもしれません。

ボランティア団体が多くでき、便利になった分、失われたものもあるような気がします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

toraja_dayoさん

2011/5/1809:59:15

阪神大震災からボランティアを始めて、今回も2回現地へ行きました。
あなたのおっしゃるように、ボランティアセンターができて、一見、効率化されたように見えますが、実際は違いますね。
今でもほとんどの市区町村のボラセンで「県外ボランティア受入しない」となっています。
これで全国のボランティア精神旺盛な人たちが集まるはずもありません。
震災当初、「現地の受入態勢が整うまで待ってほしい」といろんなところで言われてましたが、もう2ヶ月ですよ。
このままでは、夏になっても「県外受入せず」なんでしょうね。
暑くなる前の今頃までが、ガレキ撤去や泥かきを効率よくできる時期だったんですけどね。

4月中旬、三陸沿岸のある小さな町へ行きました。そこのボラセンは、岩手県では初めて県外受入をすると新聞報道があったので、行ってみたのです。しかし、実際はやはり団体と町民だけの受入。事務所の中では和気藹々と談笑するスタッフ。1人のスタッフに、ボランティアに来たことを伝えると、笑いながら「無理ですね」と断られました。どっかの地方の社協職員なんだろうけど、ボラセンを大学のサークルと勘違いしてんじゃないでしょうか。
その町、沿岸の平地のほとんどが津波に流されてたんですけど、そんな感じで復興できるんでしょうかね。あんなボラセン、復興の妨げにしかなってない。
そんな町は例外で、ほとんどのボラセンは、「県外受入なし」と公には言っていても、実際行けば、「遠くからありがとうございます」と受け入れてくれます。過去の災害でもそうでした。それを見越して現地に赴いたボランティアだけが、実際に作業にあたったといえます。
そうすることで、みんなが危惧しているように、現地の迷惑になったことがあるでしょうか。

あとは、そんな中、例外的に早くから県外募集をした石巻。
石巻専修大学が敷地と施設を提供してくれたから、大量のボランティアを受け入れることができたのかと思います。
ただ、GWは一時的に新規ボランティア受入を中止しました。
事情はあったにせよ、もったいないことをしたと思います。
夏休みまでに準備をして、今度はうまく受け入れてほしいと思います。
気仙沼も同じく。

質問した人からのコメント

2011/5/23 18:10:34

成功 皆様詳しいご回答ありがとうございました。BAは悩みましたが「ボランティア元年」と呼ばれた阪神淡路大震災以降ボランティアをされ今回も現場での体験談を中心に回答して頂いたtoraja_dayoさんにさせて頂きます。

ベストアンサー以外の回答

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2011/5/1914:49:25

ボラセンの機能の問題や、県外から受け入れない姿勢もあるでしょうが、地形の問題もあるでしょうね。

阪神の時はまわりの全ての県から集まってこれる場所でしたが、今回は福島原発の影響で、東北と関東以南が寸断され、ボランティアも直で集まれない地域が被災しました。元々人口の少ない東北の半分が被災しても、残りの半分からのボランティアだけではどうにも少なくなるのは必至。
関東以南の人は日帰りできる距離にないので、そうそうボランティアに行けない現状。

阪神と違う部分で一番影響が大きかったのは、やっぱり福島原発の存在ですよね。
当初は交通もままならず、福島を大きく迂回しなければならなかったので、より人が集まりにくかったのでしょう。

niko_suke18さん

2011/5/1811:26:54

私も全く同じことを考えていました。
「阪神淡路大震災の時のことを教訓に」と、当初から言われていましたよね。
ボランティアが思いつきで行っては迷惑をかけるだけだと、その情報が広まり、何かをしたいと思ったけれど衝動を抑えた人が多数いると思います。

確かにそうだと思います。
思いつきで行っては迷惑をかけるだけだと。
でも、その思いを持った人のエネルギーが非常に無駄になってしまっているような気がします。

社協やボラセンが機能すればいいのでしょうが、というかそうすることが教訓を生かすということなのかもしれませんが、だとすればそれは残念ながら十分には機能できていないように思います。

ボランティア保険等々活用して、起こりうる問題もクリアすべく努力されているのはわかります。
でも、今のやり方では「行っても役に立ちそうにないしな」と多くの人が躊躇する流れになってしまっているように思い残念です。
でもその理由の一端には、風土というのか、平たく言えば人見知りをする地域が多いのかなぁとも思います。
そのあたりは、阪神淡路と決定的に違う。

でもそれだけではないかもしれません。
あまりにも大きな災害であったため、今回は行かれない(行きたくない)と思った人も少なくないのでは。
それから何と言っても原発の問題があるため、東北地域全般において行くにはリスクが高過ぎると判断している人もいるはずです。
それから、とっても残念ながら「時代の流れ」も影響しているように感じます。
この10年で日本は変わってしまったのではないかな・・・。

職場に、実家が気仙沼にあり、津波で家屋が流されてしまったという人がいます。
その人は、「これは見るだけでもいいから、その地に立つべきだ。周りの人達もそう言っている」と話していました。
その言葉に背中を押されて、被災地にボランティアに行く予定でいます。

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