教育問題は「素人談義の格好の餌食となる」ことが多いように思います。

教育問題は「素人談義の格好の餌食となる」ことが多いように思います。 皆さんはどうしてだと思われますか? ご意見をお聞かせいただけると幸いです。 http://synodos.livedoor.biz/archives/1656957.html#more

補足

前回も似たような質問をいたしました。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1363422803

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ベストアンサー

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「教育・指導」を行ったことがない人など皆無だからでしょう。 「学校教育」という特殊な場は別として、<子供/後輩/新人etc>を教育或いは指導したことがないという人は先ずいません。ましてや、教育を受ける立場を経験したことのない人はいません。つまり、教育問題は万人が「自分の経験・蓄積」に基いて談じることができるテーマだからでしょう。この点ではリンク先の主張と被る訳ですが、更に言えば多くの人が自分の教育経験に基いたメソッドに自信を持っている、というのも大きな要因ではないかと推察します。実際には多くの人の「成功体験」が本当に成功であったかどうかは不分明であり、汎用性に富むものであるかどうかも判らないのですが、自らの「成功(と思っている)体験」と合致しない方法等は「格好の餌食」になるのではないでしょうか。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:2011/7/3 20:07

その他の回答(2件)

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単純に数が多いからでしょう。 パイロットや外科医と学校の先生とでは数が違い過ぎます。 元々の数が違うものを比較するのは公正ではありません。 専門性の有無など関係ないですよ。 身近で接触する機会が多いから話題になりやすいと考えた方が良いです。 政治だって素人談義の格好の餌食になります。身近な話題だからでしょう。 原発が専門性が高いから素人が口を出さないなどということもないように見えます。 接触機会が多いか少ないかで決まっていると思いますね。

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私は10年ほど社会教育者(ボーイスカウト隊長)として子供と接した体験があります。組織の中では「子供をどのように育てるか。何を体験させるか。」を中心に話し合います。現場では「今の学校教育が悪いとか、家庭環境がどうのとか」ほとんど話しませんでした。そんなことはどうでもよかったのです。 子供(スカウト)がいてリーダーと伴に野外体験をして、情緒豊かな子供に育ってもらう。その手助けをする。ただそれだけです。 10年もすると、活動の危険さがはっきりと見えてきます。活動自体の怖さが身に染みるようになりました。10人ぐらいのリーダーとKYTを行い危険を分散管理して望んでいましたが、フロント(指導者を管理する部門)の現場を認めない発言がもとで、退団しました。 ボーイスカウト指導者は沢山の意見も言いますが体も動かします。 ここからが本題ですが、PTA役員を見ると口が達者でよくしゃべります。正論らしきことをたくさん口にします。しかしそれだけです。頭の中でのみ、完結していてかわいそうなくらいです。コメンテーターと言われる人はこの人種に当たると思います。 キャンプでは時々、簡易湯浴み場を作り、夜交代でお湯を浴びます。すっきりしたところで感じる夜風は最高の環境です。 スカウトと、とりとめのないことを話します。・・・・今日の活動の苦しさを忘れて和みます。 「隊長、お酒飲みたいんじゃない・・」 夜は更けていきます。 子供の成長を願う教育者(本質を感じた人)にとって、質問者の問題意識は、個別対応を余儀なくされる現場ではなんの意味も持たないことがよく分かっていると思います。・・・・ ※PTA役員 私が接したPTA役員ですべてのPTA役員を指すわけではありません。あしからず・・・