家紋の「丸に橘」についてなのですが、この家紋にはどんな意味があるのでしょうか?また、お守りとかでも何か意味はないのでしょうか?ネットで調べてもなかなかわからなかったのでお願いします><

家紋の「丸に橘」についてなのですが、この家紋にはどんな意味があるのでしょうか?また、お守りとかでも何か意味はないのでしょうか?ネットで調べてもなかなかわからなかったのでお願いします><

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橘:ミカンの一種。 桃の節句には桃とともに飾られ、香気と雪に強い生命力にあやかるため家紋に使う。 源平藤橘の名字の祖といわれるひとつの【橘氏】の代表紋が【橘紋】。 橘氏のちょっと歴史をいうと、第30代天皇の敏達(びたつ)天皇(538?~585年)の血筋の美努王(みののおう:?~708)に嫁ぎ、女官長として宮廷に使えた【縣犬養三千代:あがたいぬかいのみちよ:橘三千代:たちばなのみちよ(?~733年】が始祖。 和銅元年(708年)に第43代天皇の元明天皇が即位の祭儀の宴に際し、長年の労をねぎらい、果物の王とされ、『非時香菓(ときじくのかくのこのみ:意味・夏に実り、秋冬になっても霜に耐え香味が変わらない木の実)』と呼ばれた橘を浮かべた酒杯とともに『これをもって氏とせよ』といって【橘】の氏を賜ったとされる。 もともとは三千代一代限りのものだったが、天平8年(736年)、子の葛城王(かずらきのおう)と佐為王(さいのおう)の臣籍降下(皇族の身分から離れて、一般人になること)に際して与えられ、二人はそれぞれ橘諸兄(たちばなのもろえ:684年~757年)、橘佐為(たちばなのさい:?~737年)と名乗ることとなり、こうして氏族としての【橘氏】が成立した。 ただ橘諸兄は左大臣までのぼるが、その栄華も諸兄一代で終わる。 子孫は、曾孫の橘逸勢(たちばなのはやなり:?~842年)が遣唐使して中国へ留学し、帰国後、政変に巻き込まれて流罪にされる。 書が巧みで嵯峨天皇、空海と並んで【三筆】といわれた人物。 後世で子孫と称している武士は【楠木正成】。 橘紋の始まりは明らかではないが、常緑である橘は縁起の良い植物とされてきたが、橘氏の勢力は先程の諸兄のあとは色あせていき、直系は16世紀後半で滅びたとされる。 橘紋もわずかに残る子孫が伝えるとなり、衰退していくかと思えたが、橘氏とは別の流れから新たな花を咲かせ、井伊氏、黒田氏、久世氏などが橘紋を用いるようになった。 今では日本十大紋のひとつに数えられている。 【丸に橘】で有名な武士が井伊氏。 井伊氏は彦根藩を治めていた大名。 井伊氏の祖の【井伊共保:いいともやす:1010年~1093年】が出生の際に、そばに橘があり、産着に橘の紋をつけた。 これにより井伊氏は橘を衣類の紋とした・・といわれている。 また日蓮宗の寺紋が【丸に橘】 これは日蓮宗の開祖・日蓮の出自が井伊氏の一族・貫名(ぬきな)氏より出たという説。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました!とてもわかりやすく、参考になりました!

お礼日時:2011/7/2 17:51