ここから本文です

家紋の「丸に橘」についてなのですが、この家紋にはどんな意味があるのでしょうか...

fel3315さん

2011/7/123:10:58

家紋の「丸に橘」についてなのですが、この家紋にはどんな意味があるのでしょうか?また、お守りとかでも何か意味はないのでしょうか?ネットで調べてもなかなかわからなかったのでお願いします><

閲覧数:
116,478
回答数:
1
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

2011/7/203:01:36

橘:ミカンの一種。
桃の節句には桃とともに飾られ、香気と雪に強い生命力にあやかるため家紋に使う。

源平藤橘の名字の祖といわれるひとつの【橘氏】の代表紋が【橘紋】。

橘氏のちょっと歴史をいうと、第30代天皇の敏達(びたつ)天皇(538?~585年)の血筋の美努王(みののおう:?~708)に嫁ぎ、女官長として宮廷に使えた【縣犬養三千代:あがたいぬかいのみちよ:橘三千代:たちばなのみちよ(?~733年】が始祖。
和銅元年(708年)に第43代天皇の元明天皇が即位の祭儀の宴に際し、長年の労をねぎらい、果物の王とされ、『非時香菓(ときじくのかくのこのみ:意味・夏に実り、秋冬になっても霜に耐え香味が変わらない木の実)』と呼ばれた橘を浮かべた酒杯とともに『これをもって氏とせよ』といって【橘】の氏を賜ったとされる。
もともとは三千代一代限りのものだったが、天平8年(736年)、子の葛城王(かずらきのおう)と佐為王(さいのおう)の臣籍降下(皇族の身分から離れて、一般人になること)に際して与えられ、二人はそれぞれ橘諸兄(たちばなのもろえ:684年~757年)、橘佐為(たちばなのさい:?~737年)と名乗ることとなり、こうして氏族としての【橘氏】が成立した。
ただ橘諸兄は左大臣までのぼるが、その栄華も諸兄一代で終わる。
子孫は、曾孫の橘逸勢(たちばなのはやなり:?~842年)が遣唐使して中国へ留学し、帰国後、政変に巻き込まれて流罪にされる。
書が巧みで嵯峨天皇、空海と並んで【三筆】といわれた人物。
後世で子孫と称している武士は【楠木正成】。

橘紋の始まりは明らかではないが、常緑である橘は縁起の良い植物とされてきたが、橘氏の勢力は先程の諸兄のあとは色あせていき、直系は16世紀後半で滅びたとされる。
橘紋もわずかに残る子孫が伝えるとなり、衰退していくかと思えたが、橘氏とは別の流れから新たな花を咲かせ、井伊氏、黒田氏、久世氏などが橘紋を用いるようになった。
今では日本十大紋のひとつに数えられている。

【丸に橘】で有名な武士が井伊氏。
井伊氏は彦根藩を治めていた大名。
井伊氏の祖の【井伊共保:いいともやす:1010年~1093年】が出生の際に、そばに橘があり、産着に橘の紋をつけた。
これにより井伊氏は橘を衣類の紋とした・・といわれている。

また日蓮宗の寺紋が【丸に橘】
これは日蓮宗の開祖・日蓮の出自が井伊氏の一族・貫名(ぬきな)氏より出たという説。

橘:ミカンの一種。
桃の節句には桃とともに飾られ、香気と雪に強い生命力にあやかるため家紋に使う。...

質問した人からのコメント

2011/7/2 17:51:53

感謝 ありがとうございました!とてもわかりやすく、参考になりました!

「丸に橘」の検索結果

検索結果をもっと見る

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問や知恵ノートは選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。