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プロテスタント教会の礼拝における神の御名の用い方について。 礼拝において「神...

hasunoike_twentyさん

2011/7/1518:57:18

プロテスタント教会の礼拝における神の御名の用い方について。
礼拝において「神さま」と呼ぶことがプロテスタントの教会では一般的であるが、これは改めた方がよい。 聖書翻訳において神に呼びかける時「神よ」であり「神さま」としない。これはカトリック教会の礼拝式文において必ず守られている。「さま」は人間関係における上下関係を表すために用いられるからであり、神には用いないというのが正しい理解である。

この考えに対する諸氏の見解をお聞かせください。

補足イスラエルの聖所には神像はなかった。代わりに「ヤハウェの名が置かれた」(申命記12・5)。神礼拝の中心はこの神の名を呼ぶことである。
ユダヤ人は「ヤハウェ」という発音そのものを禁じたために、聖書朗読においてさえ、神の御名は聞かれなくなった。神に関する軽率な用い方に神経質にならねばならないが、同時に礼拝における神の御名の用い方を正す努力も重要である。

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bible_goさん

2011/7/1605:53:15

日本語の「さま」にはいろいろな意味合いがあって、単に人間関係における上下関係を表すために用いられているとは限りません。親愛の情を込めた二人称の呼び名として「さま」が使われることも多く、祈りという神と人との人格的な交わりの場で「神様」という言葉が使われるのも不自然なことではありません。

キリスト教の神は抽象的な存在ではなく、人格を持って人と関わる「人格神」です。神の子であるイエス・キリストは、人間そのものでもあります。ですからそこに「神様」という言葉を使っても、何ら問題はないでしょう。

現在日本で使われている聖書の中でも、本文中に「神様」という言葉が使われていることがあります。例えば口語訳、新共同訳、新改訳のルカによる福音書18:13では、神殿で祈る徴税人が神に向かって「神様」と呼びかけています。

質問した人からのコメント

2011/7/20 01:12:56


救世軍の山室軍平が書いた「平民の福音」の中に「天の父なる神に祈るのに、歌舞伎役者の切り口上のような祈りをする必要は無い。子供が自分の親に話すように、何でも祈り求めればよい。」といった箇所があります。諸氏はこれに同意されることでしょう。
礼拝における式文の使用は祈りの水準を保つために有効てす。
信徒は牧師の祈る言葉から祈りを学ぶからです。
bible_goさん取税人の祈りに付いてのご指摘、ありがとうございます。

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cavazionさん

2011/7/1520:37:25

そんなのどうでもいいじゃないですか。個人的には「神よ」「神」(呼び捨て)のほうが好きですけどね。「さま」は人間レベルの表現だからふさわしくないという理由もよくわかります。同感です。私も同じ理由です。しかし、公に議題にするほどの話じゃないと思います。教会レベルでは、どうでもいいことです。

rune_1060さん

2011/7/1519:31:56

お祈りは言葉より心ずかいが一番大事だと思うので…
「神よ」の方が良いと言うのならそうすれば良い
自分なりの言葉で神に話しかけるのが一番ですよ。

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