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自己憐憫が性格にある人は‥ やはりどこか、『かまって欲しい』『自分を守って欲...

aki********さん

2011/8/3108:41:19

自己憐憫が性格にある人は‥

やはりどこか、『かまって欲しい』『自分を守って欲しい』という気持ちが根底にあるのでしょうか。

『自分に酔ってる』とはまた違いますよね‥。
嫌な事から逃げてしまいたいともいえますか。


自己憐憫にない人は、苦難も、自分の責任で乗り換えようとしますよね。

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ind********さん

リクエストマッチ

2011/8/3116:39:39

自己憐憫の憐憫は、あわれむことです。哀しんだり、落ち込むこと、鬱っぽくなるとは違います。「気の毒に、かわいそうに」などと自分で自分のことを思うことが自己憐憫です。
自分のことに酔ったり、自己賛美するナルシシズムと似た面があります。 自己憐憫も、自己愛も、『自分に酔ってる』も類似の面があります。

違うのは、自己憐憫が「かわいそうに」という方向であるのに対して、自己愛や自分陶酔は「素敵だ」という方向であることです。
自己憐憫も自己愛も、程度が進むと、実態無視・現実無視というかバランスを欠いて、「哀れむ感情を嗜好する」「賛美している気分を嗜好する」ようになります。

自分の実態が憐憫に値する状態か、賛美に値する状態なのかには関係がなく、気分だけのグルグル回りですから、本人は楽で住みやすい世界になります。 気分の世界に入り込んで、現実を客観視したり、周りと比較検討することがなくなる点は似ています。 嫌なことから目を背けたいという動機・逃避的な気分でこの方向に入る人がいるかもしれませんが、あまり多くはないと思います。 逃避の場合には、もっと他に色々な道があるので、そちらに行くことが多いと思います。


自己憐憫や自己陶酔、自己愛の気分が異常に高くて、そればっかりという人は2割どころか、ずーっと少ないでしょう。
自己憐憫にない人=自己憐憫がさほど強くない人は、大勢います。比率はわかりませんが、8割くらいの人は、自己憐憫や自己陶酔、自己愛の気分を持っていますが、その傾向は弱いです。
「全体の8割以上の人は、苦難も、自分の責任で乗り換えようとするか」というと、それも違うように思います。 「不都合や失敗は、他人の所為、環境の所為、もともと難しいことだったから失敗してもしょうがない」と思う人、そのような発言をしたりする人が多いです。他人の責任を強く求めて、救済・救援や支援を強く求める人も少ないです。 【出来なかったことや失敗したことは、もうあきらめてやらない】が普通だと思います。 失敗しても自分の責任でそれを乗り換えようとする人はかなり少ないです。

「自己憐憫にない人は、苦難も、自分の責任で乗り換えようとします」とは言えません。

質問した人からのコメント

2011/8/31 17:19:40

降参 なるほど!
ナルシズムの例、あきらめるという表現、わかりやすくて納得致しましたm(_ _)m
ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

pie********さん

2011/8/3109:07:52

自己憐憫が、性格にあるひとは、自分の存在価値を引き下げる傾向にあるから、「自己嫌悪・自己卑下・自己否定」的な性格も持ち合わせてるひとが、多いから、「かまって欲しい」とか「自分を守って欲しい」という気持ちよりも、行き着くところは、「自分を全否定しての自殺」でしょうね。

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